ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2017, 北朝鮮の核実験について
社会の動きについての認識、そういうことを行うのを、マインドの働きという。
・自然情報とは人間がひとり自然の中にあってその声を聴くことや、自分の内なる声、
ハートの声に耳を傾けることで、その声に従うことが自由ということなのだ。
・物というものは、あれば必ずそれに心をとられるものだ。落して壊しはしないか、
こぼして汚さないか、傷つけないか、盗まれないか、その他その維持や保存に絶えず心労する。
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2003年10月11日(土)
920, ある時間の断面ー41
11月18日 1968年
・11時起床
15時過ぎまで試験の勉強をする。
その後、試験のため大学へ行く。
試験終了後、学食で酒向と偶然会う。
川崎君と三人で「嵯峨」で一杯飲み、その後パブ「エリート」へ行く。
そこで同級の雨宮と角田などに会う。
その後21時過ぎに帰寮。
TVでボクシングの世界タイトルの西城戦がある。
大逆転で西城が勝つ。
面白い内容だった。
その直後、寮内の揉め事の仲裁である。
女性がらみの感情的なものだ。
仕方がないが、色いろ絡まっていてどうなっているのか解らない。
佐藤も好きな彼女ができデートをしていながら、まだ寮内の女性が
忘れられないようだ。この辺になると複雑な感情になる。
出来ることはしなくてはならない、馬鹿馬鹿しいが。
ー2003
10月10日記ー
毎日も飽きもせず、35年前の日記を書いている。
日記帳を書き写している時は、タイムマシーンに乗って35年前に帰っている
気分だ。どうしてこの時期にこの日記を書いたか記憶が無い。
これが無ければ99.9lは忘れていることばかりである。
他人が見ても全く面白くないだろうが、こういう学生時代の過ごし方として
みると面白いのではないか?
ー数人に面白くないと言われたが。
全く変わってしまった今の自分と,変わってない部分が日記を通して手に取るように
わかる。基本的には変わってない部分が多いのに驚いている。
現在と変わっているのは、当時多くの友人が吹き付けるようによって来ていた。
わざわざ寮まで何人が来ていた。
馬小屋のような寮が面白いという評判で、わざわざ見に来た友人もいたが。
共同生活の中で人間関係にも鍛えられた。
こうしてみると高度成長時代の、時代の上り坂の中に、どういう人生をこれから
生きていこうかという希望と不安満ちていた。
色いろな人間と自分を解放して議論をしてまくっていたのが日記から窺える。
それと実社会に向かって今何をしておくべきかを模索していたようだ。
今から見ると「豊かなお嬢ちゃま・お坊ちゃまの世界」でもあった。
貧乏生活を面白く楽しんでいるようだった。
それと自由な学生時代を満喫していた。
こういう生活をしていた為か、人の気持ちがより読めるようになった。
「この言葉をいう時は、こういう言葉が背後にある」ことが瞬時に解るのだ。
これもオープンな学生時代を過ごしてきたためである。
いずれにしても素晴らしい学生時代を過ごせたことが、この日記帳に
痕跡として残っている。
『ありがとう』という言葉の重みをつくづく感じる。
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546、株下がるー非常事態?
- 2002年10月11日(金)
株価が一時だが8200円を割った。
8500円までは下がるといっていたが、軽く割ってしまった。
今度は8000円を割り込むかのポイントになってきている。
7500円を割る可能性もでてきた。
8000円を割るということは殆どいわれてなかった。
「どうなるんでしょうか?」と聞いても、誰も経験してないので
コメントのしようのないのが実情だろう。
銀行に金を借りるとき、持合でその銀行株を持たされるケースが多い。
痛むのが銀行だけでなく、持合の会社も足を引っ張られるのが多い。
数年前に地元のスーパーがそれで数億引っかかったことがある。
長銀だった?
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10月11日(水)
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