ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1425, アメリカインディアンの教え
ノンフィクションと言うべきかもしれない。
一家そろって家を追われたといっても、妻と娘は区役所の世話で寮を紹介され、住む所と
食べ物の確保が出来たから、後は著者だけがどう生活の糧と寝場所を得るかという問題になる。
現役の作家でありながら、やっていけなくなったのは、妻の病気で本の執筆がままなら
なくなったからである。しかも、当てにしていた出版の企画や預けていた原稿がボツになり、
路上生活は半年間余りと長期化する……。
明日はわが身ではないが、他人事(ひとごと)として読めない迫力があるのは、
今の時代の不況が背景にあるからだろうか
・・・・・・・・・・・・・・・
『ホームレス作家』は、公団住宅の家賃が支払えず、強制退去処分を受ける。
身重の妻と三歳の娘は新宿区役所の斡旋で福祉施設で保護してもらえることに
なったが、男は保護してもらえない。作家は、コンビニに入って寒さをしのい
だり、六時間で九百八十円の漫画喫茶でうたた寝をしたり、二十四時間営業の
ファミリーレストランで、お替わり自由のコーヒーだけ取って、朝まで粘った
りする。カプセルホテルは一泊四千二百円もするので、よほど懐に余裕がない
限り泊まれない。
食事は安売りのハンバーガー屋、牛めし屋、一○○円ショップ(カップラー
メンやクッキー)などを利用する。大型スーパーではから揚げや刺し身、アイ
スクリームなど様々な食材が試食に供されることがあるので、見逃せない。ビ
ールやワインの試飲もある。
こうしてみると、ホームレスでもなんとか生きていけそうだが、気をつけな
ければいけないのは臭いである。体が異臭を放つようになったら、元の生活に
戻ることはできないだろう。そこで、作家は次のように考えた。
もし、私が路上の生活から抜け出すことを望んでいるのなら、ルールが
要る。自分を縛るルールが。この時私が決めたルールはたった二つだった。
一つは路上では横にならないこと、もう一つは残飯を漁らないこと、であ
る。
その二つを守れる限り、私は<住む場所のない小説家>でいられると思
った。そうでなければただの浮浪者だ。私は浮浪者にはなれない。浮浪者
の生活を見下しているのではない。私は彼らのように生きる覚悟もなく、
それだけの生命力もないのだ。
作家はまた、路上生活をしながら収入を得る方法を思いついた。
気分が少し楽になると、また、生きる意欲が湧いてきた。ポケットには
まだ三百円と少しの金がある。これを有効に使うべきだ。これだけの金額
でどこかに泊まるのは無理だから、食費にするしかない。ブロードウエイ
を出て早稲田通りに入った辺りに、一○○円ショップがある。あそこで何
か、腹に溜まるものを買おう。そう考えながら歩いていると、ある大型の
古書店が眼についた。所謂、新古書店と呼ばれる大型のチェーン店である。
「ツイてるぞ」
私は思った。確認すると、ポケットには小銭が三二六円残っていた。消
費税を含めても、一○○円の本が三冊買える。私は店へ入り、迷わず一○
○円コーナーへいった。このチェーン店には単行本、新書、文庫、まんが
のそれぞれに一○○円コーナーがあるが、私がいったのは単行本の一○○
円コーナーである。残りの金を有効に遣うため、私はセドリをやろうと考
えたのだ。
セドリとは、古本屋で買った本をそれより高い値段で売って、利ざやを稼ぐ
ことである。作家は職業柄、古本のめききがきく。おまけに本書の作者は、古
本屋をやっていた頃、セドリの経験があった。
新古書店の一○○円コーナーには、普通の古書店なら少なくとも倍の値段で
買ってくれそうな本がいくらでもあった。その中から厳選して三冊を三○○円
で買い、それを他の古本屋に持ち込んで交渉すると七八○円になった。四八○
円の利益である。そんなことを繰り返しているうちに、所持金が三千円にふく
れあがったのである。
そのうちに、彼は作家としての矜持を思い出した。
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02月26日(土)
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