ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4848、「事業人生を決心して45年」の語り直しー20
ということである。つまリ、疑い尽くした「我」が「在る」ということだけは、動かしがたい「真実」であるということ。
懐疑の果ての確信。考えれば考えるほど、「自分」以外に確かなものはない。だからあなたのように、「自分らしさ」や
「本当の自分」を探るということは、至極当然のことであって、そこにリアリティを感じるのは自然なことだ。
ここまではよい。しかし、ここからが大問題だ。あなたは、いつか「本当の自分」を見つけることができると思っている。
だが、それは本当に可能なのだろうか。 もしかすると、前章でふれたソクラテスが導念した「自分の魂を磨くこと」とは、
今でいう「私らしさ」の追求ではないのか。そう思う人がいるかもしれない。だが、ソクラテスが目指したのは
【魂の鍛錬】であって、「私らしさ」ではなかった。彼には「私」とか「主体」いうものの考え方がなかった。
「ソクラテス」はいたが「私」ではなかった。 この「私」を発見したのは、今から四百年前、日本でいえば
江戸時代初期に生きたデカルトによってである。では、デカルトこそ「私探し」の元祖なのだろうか。
実はこれも正しいとは言えない。デカルトの目的に、世の中に確実なことがあるのかを見極めることであった。
探していたのは確実性であり、「真理」である。その真理が実は、「私」を拠点としていたのである。
確実なものとして「私」は登場してくるのであって、探さねばならないものではなかったのだ。 ≫
▼ <「私は狂っている」ということを「狂っている主体」が言うことはできない。> は、「嘘つきのパラドックス」
 に似ている。エピメニデスという哲学者が「クレタ人は嘘つき だ」と言った、話である。困ったことにエピメニデス
自身がクレタ島の出身。だとするとクレタ人が嘘付きだというのならエピメニデスも嘘つきなのだろうか。だとすると
「クレタ人は嘘つきだ」という言葉自体も嘘なのだろうか。だとするとクレタ人は嘘つきではないのだろうか。
ではエピメニデスの言ったことは正しいのだろうか?ではクレタ人は嘘つきなのだろうか? という哲学問答である。
人生を振り返ると、「私は狂っていた、ゆえに私の人生、ないがごとき」が、実は人生の実相と思い悩んでいる。
狂っていたなずと、狂っていれば言えない。悩みなど、そんなもの!ちっぽけな人生、何を悩む? 
しかし振り返れば狂っているとしか思えない。 これは私だけではなく万人にいえるが・・・
  ・・・・・・・
3741, パチンコ店が何故、廃止にならないのか ?
2011年06月23日(木)
 指摘されて気づいたことだが、日本でのパチンコの容認である。その存在を誰も不思議に思わない日本の戦後体質と世論。
この疑問に至ったのは、新聞広告で「なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか」若宮 健 (著)  を知り、アマゾンで概要を
読んで、驚き同調したため。この国は、政界、警察、広告、メディアがパチンコ業界と癒着?関係になっている実態がある。
  ーまずは、アマゾンの著者からの内容紹介ー
 パチンコによる被害が叫ばれて久しい。依存症でサラ金、闇金の借金まみれになった末に家庭崩壊、自殺という例は
跡を絶たず、炎暑下の赤ちゃんの車中置き去り死亡事故も相変わらずである。著者は長年、パチンコ依存症の問題を
取材してきたが、2006年暮れ、旅行した韓国で、パチンコが全廃され、すべての店舗が姿を消しているのを目にした。
ところが驚いたことは、日本に帰ってきて新聞雑誌をみても、そのことを報じている新聞は皆無で、
そのことを知っている識者も誰もいなかったことである。(字数制限のためカット 2012年6月23日)
  ・・・・・・・
3376, 生涯に直面する四つの不条理
2010年06月23日(水) 
 「生き方の不平等」 白波瀬佐和子著
* 生き方は個人の選択だが、そもそも最初から立つ位置が異なるー
 毎日新聞の書評で読んで、ネットで詳細を調べたが、考えさせられる内容である。
  ー 以下はネットで調べた概要 ー
 著者は、人の一生を四つの段階に分け、それぞれの中心問題をとりあげている。

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06月23日(月)
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