ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393380hit]
■4761,ぼんやり時間をしてますか?
地獄のような日になってしまった。 当初の、2〜3ヶ月は朝8時より夜半の1時までの激務であった。指導員と私とアシスタントの
3人の激しい日々であった。“勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。それまでは8時間プラス2〜3時間、という立場が、
“24時間(休んでいても仕事のうち)仕事”という立場になった。サラリ−マンが事業をおこし大部分が失敗するのは前者より
脱皮できない為である。 大手ス−パ−の創業期に入社、異常に近い厳しい世界に3年近くいたが..その厳しさが全く違う。はじめの
数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという位、厳しいものであった。あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる!
という前提があった為乗り越えられたと思うが。でも不思議なもので、真っ正面より立ち向かっていると、いつの間にか辛さが
辛さでなくなってくる、適応能力が自然についてくるのだ。 ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒”を飲ませているのだ。
それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。そこで自分で店を衛らなくてはならない。酒を飲んだ人間の
本当の恐ろしさをそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、命が幾つあっても足らない事件が月に一度はおきた。恐怖の中で
1人トイレの中で(他の人にはわからないように)震えた事があった。そこで、大きく唸った。 そしてお客に対処したところ
腹が据わったのだろう、お客が逆に竦んでしまった。“これだ!”と直感した。また店の従業員に前もって、うち合せをしておき、
お客に怒鳴る変わりに従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、土壇場に立つと知恵がついてくる。フランチャイズのシステムは今でも
素晴らしいものであった。標準化、単純化、マニュアル化がきっちりできあがっていた。創業時の勉強という点、
このシステムは自らに非常に有効に働いたと振り返って思えるようになった。 創業は辛い! 1973.11.07〜 ≫
▼ 計画も、それが完成をした時に、時代が全く変わってしまう経験を創業の出だしに経験することになった。現在からみると、
良い経験だが、実際に窮地に立つと、思わぬ力と知恵が湧いてくるもの。必死に問題の中心にエネルギーを集中していると、
思わぬところからチャンスが転がり込んでくるもの。
・・・・・・
3290, 地震 ーつれづれに ー13
2010年03月28日(日)
* メルトダウンが始った?
2号機の付属建物で高濃度の放射能が検出された。濃度が《1000万倍》。メルトダウンが急速に進んでいるのか? 爆発が起こる
可能性があるのか?。急に政府が副首都を大阪といい始めたのは何故?等々、疑問が出てきたが、どうなるのだろう? 大使館が大阪や
京都に移動したり、外国人が大挙して帰国していったのは、正しい情報を持っていたため?知らぬが仏の仏様は日本人の茹で蛙だけか!
* 関東大震災
今だ現在進行中の世界的にみても最大規模の大震災の真っ只中に日本はいる。この津波により破壊された原発事故も、
現在も予断を許さない事態。最悪のシナリオとして日本壊滅の事態もありえるのか。現在は「東北、北関東の壊滅」レベルだが、
これが「東北・関東壊滅」だけでなく、「日本壊滅」もありえる。実際のところ水の汚染が進んだら本州壊滅が現実的になる。
千年に一度の国家的危機の大震災に発展するのか。 ところで百年来の大震災といえば、まず思い浮かぶのが関東大震災である。
ー そこで、ネットで関東大震災を調べてみたー
【 関東大震災は、1923年(大正12年)9月1日(土曜日)午前11時58分、神奈川県相模湾北西沖80kmを震源として
発生したマグニチュード7.9、海溝型の大地震(関東地震)による災害である。死者・行方不明者 14万2800人
地震の発生時刻が昼食の時間帯と重なったことから、136件の火災が発生した。それが大惨事につながった。】
死体が山のようにつみ上げられいる画像をみたことがある。この時「朝鮮人が日本人を襲撃している」という風評が飛び交い、
[5]続きを読む
03月28日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る