ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4762,私を癒したのは、許しである
              ーひと言でいいのですー吉川直美編 より
    * 究極の許しとは
  キリスト教的ケースの中の、私の規範を遥かに超えた世界である。究極の心の傷には、究極の対応がある。
 8人兄弟の末っ子で、親の目が届かないところで、いつも誰かから揶揄われてきた反面、許されてもきた。
 そのため、許されるのが当然という甘さがつきまとっている。しかし、許されないことが人生には数多くある。
 以下の許しのプロジェクトには、非常に教えられる。人生には色いろあったが、許し、許されているのである。
  ーまずは、そのケースよりー
《 『正義は私を癒してくれなかった。私を癒したのは、許しである。ーデビー・モリス』
 米国には、人を殺して服役している被害者と、殺された被害者の家族が面会をする、和解のためのプロジェクトがある。
コーディネーターが間に入って、文通からはじめて、慎重に長い時間をかけて面会に向けて双方を整えていきます。
実際の記録映像を観る機会がありましたが、若い女性を襲って銃で撃ち殺した少年と、その女性の母と妹が初めて顔を
合わせる場面。極度に張り詰めた空気の中で挨拶が交わされ、当然、会話もはずみません。加害者の少年は顔をあげる
こともできず、緊張と恐れで体調を崩していました。観ているだけでも胃がせり上がってくるような重苦しさの中、
家族は、「ずっとあなたに一つのことを訊ねたかった、そのためにやってきた」と切り出します。
それは、愛する者を失った日から知りたいと願って、叶わなかったことでした。警察も裁判所も答えてはくれなかった。 
やはり、「なぜ殺したのか?」「娘を返して」と訴えるのでしょうか。
  母親が静かに問いかけます。
「私の娘は、最期に何かを言い残しませんでしたか?最期の言葉を知りたいのです、」
  沈黙のあと、少年は泣き崩れて、言葉を絞り出します。
「あなたを許します……。あの人はそう言いました。」
「……やはりそうでしたか。娘ならそう言うと思っていました。」
「……許してください。」
ひとしきり、肩を寄せ合うように涙を流すと、亡き人の許しの宣言が、憎しみの連鎖を断ち切ったかのように、いつしか
彼らは談笑しはじめていました。最後は、少年の体調を家族のように気遣って別れました。許しは簡単ではありません。
どうやっても許せるはずのないものを容赦することなのです。ですから、この物語を理想として押しつけることをしては
ならないのです。それでもなお、これは誰にでも起こり得る、解放の物語であると信じています。 》
 ▼ 結局、殺された側と、殺した側の溝は広く、深い。殺される間際に、「あなたを許します」と言うなど、
  深い信心がなければ言えないこと。そう言っただろうと確信していた母親も素晴らしい。そうこうみると、
  人間には、宗教が必要である。例え、幻想でも、それが深まれば、やはり人間の魂をすくうことになる。
  人生には、自分の力では、どうにもならないことばかり。 だが、一つずつ、一人で解決しなければならない。
  そして、最後は許し、許され、生きていくしかない。それにしても、すざましい事例である。
・・・・・
4395, ヘリコプター勉強法
2013年03月29日(金)
            ー超「超整理法」より
 ヘリコプター勉強法とは自分で麓から山の頂上まで勉強するのではなく、ネットなどを駆使することで一気に山頂を極める方法。
野口悠紀雄著『超「超」整理法』にあった内容で、以前はパラシュート法といっていたもの。本など一番のキーポイントを見つけ、
そこだけ集中して学ぶ方法である。10数年前、ある知人に、「あなたの読書方法の要は何ですか?」と聞かれたことがあった。
直ぐ誰から聞き知った上で質問してきたのは分かった。その時に自然に出てきた答えは、「熟読する本と、目的を持って読む本を
分けている。後者の場合、読みに足りる部分を主観的に読む」であった。その答えがベストでないが、初めから対象に従うのでなく、
主観的に読むことでポイントを把握するやりかた。 随想日記を毎日書いていると主観的でなければ続けることは不可能。

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03月29日(土)
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