ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4759,挫折と悲哀こそ、人生のパスポート!
御用放送局のNHKのニュースと、広告料金で成り立っている民法の流す情報など信じるに足りない、と仮説を立てると、
現在流されている事態の本質は知ることが出来ないのは当然のことと思い知る。 東北は壊滅状態とは間違っても記事に出来ない。
毎日、枝野官房長官の発するコメントは建前の上っ面の情報でしかない。 外国人が我先に逃げ出していることを考えると、
地球史上最大規模の危機とみるべきである。 政府は事実の情報を風評とて否定することしか、パニックを抑えるしかない。
現状の進展を一般には小出しにするしかないのである。放射能の摂取量が10倍、100倍から何時の間にか数千倍になっている。
しかし、外国は容赦なく事実を報じるから、そのギャップがみえてくる。
ところで、家内が昨日、自転車で郵便局に向かっていたところ、中年の女性に福島弁で「郵便局は何処ですか」と聞かれ、
「自分も行くところだから、ご一緒しましょう」と、自転車を降りて話しを聞きながら案内したという。その内容とは、
「自宅が30キロ以内にあり、家族で車で避難してきた。しかし、自分は透析を受けているので、中央病院に近い比較的
良い公立のデーサービスの施設に一人でいる。原発は政府は安全というので、信じていたのに、こんなになってしまった」と。
その施設に三年ほど亡くなった母親を週二回、世話になったことがあった。大きな娯楽室があるが、そこのステージの上で
暮らしているとか。 30キロ以内なら、もう元の生活に戻れるかどうかである。その人の顔色が悪く正視できなかったという。
駅には、大きなリュックを持った親子連れの姿が多くみられる。本当に、これが現実なのか信じられない日々である。
この事態で、経済活動は大幅に減ることになる。それだけでない、今年の就職の内定の取り消しと首切り、そして倒産が
大幅に増加することになる。身が凍る思いである。あれから二週間になるが、現在も進行中で問題が拡大している。
・・・・・・・
3287, 人みな骨になるならば ー5
2010年03月26日(金)
* ザインとゾルレン
ー まずは(P−68)の「ザインとゾルレン」の一部分を抜粋する。
・ザインはドイツ語で、「在る」とか「である」のことだから、抽象名詞として使うと「そこに客観的に在るだけのもの」
という意味になる。それが良いことか悪いことかを問わず、現実にあるんだもの、しょうがない、といったニュアンスの言葉。
「存在」と訳されるが、「現実」や「実態」と訳したほうがよいことも多い。
・ゾルレンというのは、英語では助動詞に相当する。「べきである」「そうあらねばならない」といった意味で、
抽象名詞としては「当為」と訳される。当為は訓読みすれば「まさになすべし」と読み下す。
「そうあらねばならない性」、ひいては「本来はそうであるべき様態」のことである。
たとえば、当時の旧制高等学校生なら「親父が死んだので、ゾルレンとしてはすぐ郷里に帰へって家業を継ぐべきだが、
ザインとしてはここでこうして破帽のまま君たちと安酒を酌み交わしているわけさ」といった使い方をした。
このように、ザインはゾルレンとともに用いられるのがほとんどだから、ザインというのは単に現状というだけでなく
ゾルレンと対比される「ていたらく性」を帯びる。 本当はゾルレンであるべきなのに、現状はザインなのよ、といったところ。
前節で挙げた唯骨論によると骸骨こそがザインの象徴である。 そんなものが、われわれの体内に鎮座しているというのは
必ずしも歓迎すべきことではない。若い美男美女であれば、なおさらのことである。 だれしも一皮剥けば骸骨が現れることは
簡単に証明できる。 ただ最近は手術場を除いて、生きている人間にそんな残酷なことをあまりしなくなっただけのことである。
ゾルレンとしては、万物の霊長にして神の似姿である。そんな人間の中心が骸骨にすぎないというのは直視するにしのびがたい。
いくらなんでも骸骨はあんまりだ。人間の中心には霊魂やクンダリニーが宿っているべきである。 しかし、それはあくまでも
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03月26日(水)
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