ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4665, 身近な貧困 ー1
≪ 今東光は、スゲェ。 中学生の時に、週プレで、その核爆発的連載を読めたことは、今ままでの生涯のなかでも、
飛び切りの幸運だと思っている。 谷崎潤一郎、ただ一人の弟子。谷崎はバカが嫌いで、無教養な奴を許さなかった。
今東光にそれだけのアタマがあった。とはいえ、中学を三つクビになって、そのままというのも立派な学歴。
って、そのままという立派な学歴。そのうえ乱暴者でね、いつも仕込み杖をもってあるいて、喧嘩は殺す気でやらなきゃ、が信条。
自宅の一階に右翼のテロリストたち、二階に共産党の運動家をかくまっていたという。左翼が二階なのは、逮捕された時の扱いが
厳しいから、少しでも逃げやすいほうへ、という配慮。戦前の話だ。親友が川端康成。で、当時の文壇の大ボス菊池寛とケンカをして、
バカらしいっていって比叡山にいって、大僧正になった。 菊池が死んだら、また筆をとって、ベストセラーを連発。 
 しかし、この相談にはシビれたねえ。もう載せられないだろう、こんなの。十七のバーテンが、十六のホステスとデキて、
子供が出来たからどうしようという相談に、そんなもん、タネも畑も悪いから、堕しちまえ、だもの。坊さんの云うことじゃないよ。
面白い。老人ホームに努めている男には、横着なジジイどもなんざけっ飛ばせ、だし。青春の悩みをうちあける女学生には、
一発ヤラセロだからね。「よく女に手をだして、女にゆすられたり、親からねじこまれたりとか、若気のあやまちで、とか
いろいろいうけど、そんなもの、あやまちでもなんでもありゃあしねえ。しかし、やらなかったことこそ、若気のあやまちだね」だと。
良いこというよなあ。≫ ー やらなかったことこそ、過ちか〜。下半身が衰えてくると尚のこと思う? 息子に悪いことをしたと!
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3185, 坂の上の雲
 2009年12月24日(木)
 NHKで「坂の上の雲」が何回かのシリーズで放送されている。私たちの年代が、この本に大きく影響されを受け、
日本経済成長期の精神的支柱になった歴史小説である。秋山兄弟と日清、日露戦争の中に生きる青雲の志を持った群像に
引きこまれていった思い出がある。日露戦争での兄・秋山好古の戦闘場面。そして、弟・真之が海軍の参謀として
バルチック艦隊を殲滅する場面は、当時の私にとって驚きの連続であった。 読みながら己の卑小さに改めて自己嫌悪を抱いたり、
彼らの志の純粋性に感化したことが懐かしい。当時、日本は西欧列強に対抗するための新国家つくりに青年達が坂の上の雲を目指して
必死に生きていた。司馬遼太郎は、日露戦争は奇蹟の勝利と看破、その奇蹟の演出者の代表に秋山兄弟を選んだ。
伊予松山の人、秋山好古、秋山真之である。 家柄といえば伊予松山藩の下級武士族であった秋山家の下級武士で、
秋山家の父久敬は、「貧乏がいやなら、勉強をおし」と立身の道を説いていた。好古は陸軍で、世界最強といわれた
ロシアのコサック騎兵集団を破った。弟の真之は海軍で、ロシアの主力艦隊であるバルチック艦隊を破った。 
真之は日本海海戦の開始前に「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」の電文の起草をした。 
その真之と一つ年上の正岡子規とは中学から大学予備門まで同学であった。しかし二人の性格は対称的で、
真之はガキ大将であり、子規は子供の頃、「青びょうたん」というあだ名であった。。
子規も真之も勝山小学校を卒業して松山中学校に入った。 兄の好古はこの時期、士官学校付きの勤務となっている。
日本人離れした顔かたちをしていて、たびたび西洋人と間違われた。 彼にとって男子に必要なのは
「若い頃には何をしようかということであり、老いては何をしたか」と考えていた。
彼らを中心にした明治期の激動の中の「大きな物語」である。 この激動期に、原点に立ち返り青雲の志を
日本人に喚起する意図で放映されたのだろう。 ドラマ自体もなかなか良くできている。
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2820, ドバイは今 −?
2008年12月24日(水)
ドバイが、この金融恐慌でバブルが崩壊、解雇の波と一昨日の読売新聞の一面トップで特集をしていた。

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12月24日(火)
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