ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4578, そして、人生はつづく
勢力圏を拡大していった。 ところが一万年前に地球上に異変が生じ、それまでの果実などの植物採取と狩猟では生きていくことが
出来なくなって、牧農が始まった。 その時に、それまで培われてきた言葉と道具が農業と牧畜の進化に役立つことになった。
経験は本能で動物も植物も蓄積は可能だが、場所や時間を越えて言葉や絵に置き換えて情報を伝えることが出来るのは人間だけ。
現在の情報化革命が20万年来の人類の革命といわれる。 デジタル化とネットで情報が瞬時に地球上の個々人に行き渡るようになり、
人間と社会の有りようを根底から変えてしまった。 ツールが時代に大断層を生じさせてしまったのである。
新たにネット世界が出来て、それが現実世界の上位になりつつある。 これが今後どのように時代を変えていくのか想像さえ不可能。
連日のようにiPadを取り上げているが、この御蔭で目的とするブログに到達するまで、初期立ち上げを含めて数十分の一の時間で
辿りつけるようになってしまった。 おまけに体積も十分の一以下で、コードから解放され、ボードからも解放された。
タッチ式のため、ネットサーフィンが非常に楽になり、本やアプリも簡単にネットから購入可能になっている。
丁度、購入して一月経つが、それまでの情報の質量が一桁は増えた感がする。ツールを弄るのが面白くなったら、しめたもの。
アプリについては次回に書くが、調べれば調べるほど次々と面白いものが出てくる。 目につくアプリは、ベストのものしかない。
それが時と共に改善され続けているため、使いかってが良いものが多いのは当然である。
ところで、10年前の今日にあたる日に「目的と手段」というテーマで書いていた。 面白い偶然である。
「ツールは手段だが、目的と手段は融合するか?」という問いかけ。 前回、「畑仕事と釣がいいか、iPadがいいか?」
という問いかけになったが、それからすると、「iPadをしながら釣をすればよい」ことになる。トイレの読書と同じ?
どんどん使いかってのよいツールは、使えばよい。 ただし、振り回されるな!ということになる。
・・・・・・・
3473, 幻滅論
2010年09月28日(火)
「幻滅論」北山修著
ーまずは背表紙より
【「これは何のための本かを一言で言うなら、私自身の悩ましくも楽しい旅の記録であり、それに公共性を付与するべく、
人生におけるいくつかの不幸に強くなるためという思いでまとめた本だ」 文化畑から医学の世界に入って30年、著者は
臨床の日々の中で、ウィーンで生まれ欧米で発展してきた精神分析を、文化の役割を強く意識して、日本語による日本の臨床に
生かす道を考えつづけてきた。そのために、「語られた過去」の総和としての神話や昔話に注目しながら、「イザナキ・イザナミ神話」
や異類婚姻説話などの悲劇の意味を考え、「甘えの構造」を深め、言語の研究をすすめてきた。 とくにこの数年は、浮世絵の中に
夥しい数の母子像を発見して、その構図を分析してきた。そこに読みとれるのは、人と人とのつながりであり、つながりがありつづけている
という幻想であり、つながりが断ち切られることから生じる幻滅であった。 本書にはこのような考察のすべてが収められている。
『幻滅論』は、自分と他人と環境とのつながりを知るための本でもある。子が母から切り離されるとき、抱える環境から自分が
切り離されるときに生じる幻滅は、けっしてマイナスの体験ではない。「あの素晴らしい愛をもう一度」と嘆きながらも
現実と触れあうチャンスとなるのだ。類のない日本文化精神分析の本が、ここに誕生。】
▼ 図書館で「幻滅論」という本を見つけ借りてきた。共同幻想があれば、当然のことながら幻滅論があってよい。
幻想論といえば、吉本隆明の共同幻想論がある。共同幻想とは、ネット辞書によると
【 血縁・氏族的共同体(家族)が、地縁・部族的共同体(原始的な国家)に転化する結節点として、兄妹・姉弟の対幻想に着目している。
兄妹・姉弟の対幻想は、夫婦の対幻想とは違って、肉体的な性交渉を伴わない対幻想なので、いくらでも無傷に空間的に拡大できる。
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09月28日(土)
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