ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3660,音信不通だった友人から連絡が!
青年は何かに負けているようだった。たぶん青年は太陽に負けていた。
そして、青年は大地に負けていた。青年は人に負け、熱に負けていた。
青年は牛に負け、羊に負け、犬や虫に負けていた。青年は汚物に負け、花に負けていた。
青年はパンに負け、水に負けていた。青年は乞食に負け、女に負け、神に負けていた。
青年は臭いに負け、音に負け、そして時間に負けていた。
青年は、自分を包みこむありとあらゆるものに負けていた。
疲れたその青年の目は表情を失っているかに見えたが、太陽にいられて眩く白熱する、
目の前の地面を、ただぼんやりと見つめ返すだけの意思をわずかに残していた。・・・・
・・・なんか知らんけど目茶目茶に何でもかんでも、負けにいったんじゃないかなぁ。最初の頃は。
ーー
インドは何々とは、この本を読むと何もいえなくなる。
ただ、行ってよかったと、つくづく感じるところである。 ーつづく
・・・・・・・・・・
2007年04月03日(火)
「定年以降の生き方」を考える 才八∋ウ_〆(∀`●)
今年から、大量の団塊の世代が定年を向かえる。
その第一期生が、この4月から正式に大量に会社から(悪くいえば)放りだされる。
「組織」から離れて「個」として、どのように自立(自律)するかが問われる。
「孤独」「孤立」した時に、自分と如何に付き合っていくかが真に問われるのが、これからの人生である。
それまでの組織内での相互依存関係の環境が、自分自身への依存になるから厳しい。
宅上犬が「明日から家の外で暮らしなさい!」と翌日から屋外に放り出されるのと同じ。
勤めていた会社の価値観は、他では全く通用しないしないことに、そこで初めて気づく。
鑑札のある首輪があるうちは、誰も温かく向かえてくれるが、首輪が外されてしまえば、誰も相手にしない。
その時ただ一人茫然とするしかない。そこで手っ取り早く「定年退職者の溜まり場」にソソクサと出かけても、
「自己を持たない濡れ落ち葉同士の葉っぱ」の絡み合いになるのは、当然の成り行き。
そこにいるのは自分と同じ「虚しさ」を埋めにきているゾンビばかり。
「人生とは何か」を考えたことのない人は、自我の先の自己が希薄である。
そこでは自我と自我のぶつかり合いになるだけ。ここではゾンビの話ではなく、定年退職後の生き方を
問おうとしているのである。 面白いので、つい話がそれてしまった。
還暦になる前に10~30年かけてライフワークを確立すべし!ということだ。今さら言っても仕方がないが・・
まあ、面白いから話を続けよう。そこでは即席でもよい、「楽しい」と思えることをやること。
その「楽しい」が何かも解らないから始末が悪いときている・・・何時間やっても疲れないものを探せばよい。
それも解らない? じゃあ、愛玩動物ーペットが好き?なら、飼えばよい。もういる。もし犬を飼っているなら、
さらに小鳥を飼えばよい。もし持ち家があるなら家を売って、その資金で旅行三昧をすればよい。
その覚悟がなければ、家の中でウジウジすればよい。二度とない人生、最後は楽しみ尽さなければ。
定年後は、年金の他に10万円の収入が理想という。年間120万円あれば、海外の安いものなら夫婦で二回は行ける。
せっかく死が貴方の後ろから追いかけてくる歳になったのだから、その死への恐怖と危機を借りて、他人からの目や、
プライド、見栄など、一度無視することである。死の前では、そんなものは霞でしかない。限られた時間を自分の
奥底の声の通り生きなくては、何の意味もない。死ー無という絶対的な宇宙からみたら、自分の存在なぞ無いに等しい。
だから一度独りになって、ジックリ多くを考えるべきだ。図書館があるでしょう、図書館が!それと身近にいくらでも自然が!
美術館も、いや百貨店もある。それに気づくには独りになりきることしかできない。誰かに言われそうだ。
シツコイ!同じことばかり書いている、と。定年の時期なので、ついつい!ウトサイダー的人生観は、これから必要になるから?
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04月03日(日)
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