ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3364, 人みな骨になるならば ー14
関係者の話によると、「地元のスーパー原信と感情的になっているほど、商売上の叩きあいが凄い」と聞いていた。
これで長岡市内で両者の叩きあいが始まるが結果として原信が勝つだろう。正攻法の原信と、我流が目に付くウオロクでは、
最終的な結果は明らかである。ウオロクに大手の資本?が云々と、考えてしまうが。 私の推測でしない。
原信も、来春のユニ系のアピタのオープンも控えていて、その対応もあり安閑としていられない事態であろう。
ウオロクが大手の支配化に入った時・・他の心配するなら、自分の心配をしろ!という声が心の奥から聞こえてきた・・全く!
ー最近、いやに本が面白い!ー
最近いやに本が面白いと感じるようになった。
どういうことか考えてみたが、「面白い本を見つけ出せるようになった」ということである。
今年になって「ウェブ進化論」「グーグルGoogle」「ローマから日本が見える」
「ずっとやりたかったことを、やりなさい」「ジム・ロジャーズの世界を行く」
「不良のための文章術」等々、とびっきり面白い本に行き当たった。
この殆どがグローバル化ならではの本でもある。情報化時代のグローバルの見方が面白く書いてある本である。
「不良のための文章術」は、自分の思いではなく、他人が見て面白い文章の書き方の本である。
最近、本が面白くなってきたのは、物書きというプロの書き手でなく色いろの分野の人が、
それぞれの世界の潮流を、外の人に解りやすく伝える時代になってきているからだろう。
ブログが世界を根底から変えようとしている。書店を定期周遊をしていると、
難しい内容を図解や漫画などで解りやすく書いてある本に出くわすことが多くなってきた。
難しい問題が解りやすく書いてあると面白く感じるものだ。 ヾ(^ω^*) ジャ、また!
・・・・・・
2005年06月11日(土)
1530, わたしの酒中日記ー6
金沢ー4 ー1972年3月末日
大学時代の友人の島村君が訪ねてくる。年賀葉書に金沢にいると書いたためだ。何か金沢というと、東京では憧れがあるようだ。
会社の同期の桜井君が訪ねてきた。寮には社外の宿泊禁止規定があるが、こっそりと泊める。これだけうるさい会社で、
二回も規定違反をするのだからスリルがある。二人とも、寮に泊めてもらうつもりで来ているから。夜に落ち合って香林坊で飲む。
金沢の独特の雰囲気にのまれ、行く先々に興奮気味だった。私の現状はこれ以下ない惨めさである!観光気分の立場とは全く違うのだ。
それにしても、大学を卒業して激しい環境にいたのを島村君と対比して実感する。丸善石油の総務にいて、
ほとんど苦労していないみたいだ。それに引き替え私は、あまりにも惨めな気持ちである。居酒屋にしてもスナックにしても、
東京の世界とは全く違う。ただただ目を白黒している。直感的に金沢の異質な世界がわかるようだ。最後はホテルの最上階の
スカイラウンジに連れて行く。金沢の街が一望に見えるバーカウンターで、学生時代を懐かしむ。しかし懐かしむほど、惨めな気分
になる。サラリーマンは気楽で良いものだ。「私は独立を目指してここにいる」という気持ちが、現在の自分を支えているだけだ。
・・・・・・・
2004年06月11日(金)
1165, 哲学についてー2
「私は何をすることができるか」の「形而上学」は事物の本質、
存在の根本原理を思惟や直観によって研究する学問であるが、
ーアリストテレスにおいては存在一般を考察する存在論、また超越的なものを探究する学問であった。
ーカントは純粋理性からの認識論をめざした。
ーヘーゲルは反弁証法的思考を形而上学的と呼んだ。
我々の住む世界の特徴は、空間(三次元)と時間(一次元)から成り立っているが、
その「空間とは、時間とは、そもそも何ぞや」という疑問から、その問いに対する答えを探そうとする。
そこでは信仰にすりかえたり、権威にすりかえることは許されない。哲学といえば形而上学には二つの基本課題がある。
・「存在するものは何か」
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06月11日(金)
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