ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3365, 「世逃げ」のすすめ
『「世逃げ」のすすめ 』ひろさちや著
ー概要といえばー
世間はおかしな物差しで人の価値を計ります。その「狂った」世間の物差しを捨てられないならば、世間から逃げるしかない。
世逃げとは、どこか別のところに逃げるのではなく、精神的に逃げることです。 禅の洞山の無寒暑を思い浮かべればいい。
目盛りがないのだから測れません。だから、測れない物差しが仏の物差しです。 測れないのではなくて、測らないのです。
仏の物差しは、物を測らない物差しなんです。 仏様は苦しみの世と言われました。その苦とは、思い通りにならないことです。
世逃げとは、思い通りにならないことを、思い通りにしようとしないことです。つまり、あきらめの思想でもあります。
このあきらめとは、努力をするなということではなく、無駄な努力をするなということです。
無駄な努力とは、思い通りにならないものを思い通りにしようとすることです。仏教は「出世間の教え」。煩悩にまみれた
俗世間を厭い離れることが、仏教の姿勢である。ならー「世逃げ」しなさいーと!「世逃げ」とは、世間の物指しの他に、
神の、仏の物指し(目盛りのない物指し)を持ちなさい、ということである。
〜 以上が概要だが・・ 二年前に、この本の中の「ある一文」を紹介したことがあったが・・・
ひろさちや、といえば仏教的視線で、世間から一歩も二歩も超越しなさいという論だろうと、思っていたが、
「『狂い』のすすめ」の続編の内容である。 学生時代に社会学を専攻、また人事管理のゼミ入って、人間の管理という
生々しい問題を冷静に捉えて、客観的?に見つめる「訓練の場」のゼミの真っ只中に入った。 そこでは哲学的にいえば、
現象世界(感性、悟性)を、思考、訓練で理性に昇華する訓練の場であった。 教授は分かっていたのだろうが、その先には、
それぞれの選択した社会分野で、目指す世界を自分で創造しなさい、それが「自由世界」だったのである。 教養とは一枚一枚、
束縛されていた固定観念を脱ぎ捨てることと思い知らされた。 とはいえ、自由は甘くはない。 サルトルがいう「自由という牢獄」
での苦しい独りの闘いを必要とする。 ここでは、仏教だけでなく哲学的思考も隠されている。
狂い、世逃げの繰り返しを40年以上やってきて? その結果、アウトサイダー、珍獣、馬鹿○○として冷笑されている。
しかし、あの経験と哲学や宗教を学び続けてなかったら、とっくの昔に胡散臭い常識人になっていた。
ここで「世間は人間を商品価値で測っている」というが、世間とは、そういうもの。 しかし少し考えてみれば商品価値だけが、
人間の価値ではない。女性の容貌が衰えようとも、エリートコースを歩んだ人が失墜しようが、エリートコースの肩書きや
職業がすべてではない。それとは別の変わらない価値がある。その変わらない価値を、初めから人生に求めなさい!ということ。
結局それは、社会的なものとは無関係な自分の好きな世界を構築しておくことだ。フワフワした名声など、所詮は瞬時の現象。
しかし、それでは自分は商品価値で人を判断していたのでは?というと、ない!といったら嘘になる。
品性、教養、無心の人の傾向の強い人を認めてきたつもりだったが。振り返ると、そうでもなさそうだ。商品価値の高い人ほど、
それにともない、無価値の価値を身に付けている人が多いのも事実。 いや、その数倍も逆のがいるか? あれ等をみると!
その、あれ等の一面しか見てないのだろうが。商品価値ね〜 モーツアルトも、ダビンチも、あの才能より、隣の善良な人が?
良いとでも言うのか? 良いでなく、好い? それとも善い?
・・・・・・・
2990、1ドルを競りにかけると
2009年06月12日(金)
「世界は感情で動く」 マッテオ・モッテルリーニ著 ー読書日記
* 一ドル競りゲームから見えてくること
ゲームで、「1ドルの競りゲーム」がある。 小人数のパーティの余興に面白いというが、そのゲームの中に、
深い示唆が含まれている。 もちろん、三人以上が参加するようにしておいて、1人に50セントまで値段がつくまで
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06月12日(土)
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