ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3250, 新・マネー敗戦 −1
生きてきた。もちろん、若いときは難しかったけど、どんな金儲けの仕事が来ても、気が進まないと、
やめた。その代わり、自分が引き受けた仕事は、すべて、これは自分がやりたくて
引き受けた仕事だから、と全力でやった。そんな風にして、50年間、病気なしでやってきた。 ーつづく
ーー
なるほど、素晴らしい信条であり、それが彼女を、ここまで一線で活躍させた源泉である。
ここで何度も書いているが、50歳になったときに、はて、どうして生きようか?と考えた。
そして、50代で一生分を前倒しをして生きること。その為には、嫌なこと、嫌いな人とは
一線を画する。それと、社会の価値観を徹底的に疑うこと。好きなこと、したいことを優先することと決めた。
そうすると楽になった。そして日々が非常に楽しくなった。この経験があるから、彼女の言葉が理解できるのである。
いや、元々してきたが、より徹するようになった!ということ。
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2007年02月17日(土)
駅前専門学校の時代の終焉!
才八∋ウ_〆(∀`●)サン
十数年来、長岡や新潟駅前の建設やビルの買収といえば専門学校であった。
しかし、この破竹の勢いはここまで、逆現象が始まるという。 就職難民が体裁を整えるためとと、
とりあえず資格取得をめざすのが専門学校の存在意義であった。就職難民の一時収容所に近い機能が実態?だった。
字数の関係でカット(2010年02月17日)
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2006年02月17日(金)
1781, 他罰の人−2
(*^o^*)オ (*^O^*)ハ (*^。^*)ヨー!!
他罰を理解するために、その対比する言葉を調べてみたら
ー 自己罰(内罰)
ー 他罰(外罰)
ー 非罰 があった。
電柱にぶつかって怪我をした時、 w(☆o▽)w
・自分の不注意でぶつかってしまった... と思うのが 内罰・自己罰。
・こんな所に電柱があるからいけないんだ! 誰だここに立てたのは! と思うのが 外罰・他罰。
・この程度で済んで良かった... と思うのが 非罰。
この喩は他罰を考える時に解りやすい これから見えてくるのは 他罰は責任転嫁ということである。
非罰は仏教的な考え方になる。 この全てを考え、後は忘れるのを待つ!のがベストであるが。
似た事例として 宗教書に「お寺におまいりにいき、石に躓いて怪我をしてしまった時に
・信心があったので、この程度で済んだ!と思うか、
・おまいりに行ったのに何で怪我をしなければならないのか!と思うか、
仏教はこの程度で済んだと考える宗教である」というのがあった。
他罰は外部に原因を見出そうという見方のため、自己欺瞞の傾向が強くなるになる。
自己欺瞞は積み重ねると自己矛盾が生じ 精神の混乱を引き起こす。
そして自己と外部への怒りの温床になる。そのプロセスでトラブルを彼方此方でおこし、深い鬱になる。
他罰の人の傾向は非常に子供じみたところがあり、心に深い傷を負っている人が多い。
小学校、中学校にいた苛めっ子は両親のトラブルの被害者。その腹いせをクラスの弱者に向ける。
この傾向は一生ついてまわるから恐ろしい! 家庭内離婚を含めて不和の確率が50lというから
社会は歪んでしまうのは当然である。 だから教養が必要なのだ!
~~~ヽ(^▽^)))さいなら!
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2005年02月17日(木)
1416, 50肩になった
一月ほど前から、左肩と首が痛む。 通勤時にビジネスバッグを肩にかけていたのが原因?
他に考えられるのはパソコンと、TVの見すぎも考えられた。たまたまNHKの「ためしてガッテン」が、
「40・50肩の特集」をしたのをみて、もしかしたら50肩と気がついた。
字数の関係でカット(2010年02月17日)
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2004年02月17日(火)
1049, お金の教訓
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02月17日(水)
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