ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3248, 閑話小題
*「日本人は人生を知りません。人間らしく生きることができず、エコノミック・アニマル、
すなわち畜生の生き方をしています。日本人は狂っているのです。」
*「上等の靴を履いてぶくぶく太った日本の子どもと、裸足でやせたインドの子どもと、どっちがまともなんでしょうか!?
そして、どちらが幸せでしょうか!? わたしたちの『常識』『物差し』は狂っていませんか!?」
*「ともあれ、遊牧民族は、敵と味方をはっきり分けて考えることができます。 だから楽なんです。 ところが
われわれ農耕民族の末裔である日本人は、敵か味方かわからない世間を相手にせねばなりません。それがしんどいのです。」
*「浄土経典である『大無量寿経』においては、《人、世間の愛欲の中に在りて、独り生れ、独り死し、独り去り、独り来る》
と言われています。 この「独生・独死・独去・独来」が人間の本質なんです。」
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2005年02月15日(火)
1414, スローフード
欧州でまず驚くのはスローフードとスローライフの生活パターンである。
最近、日本でもスローライフ、スローフードが流行りだした。
アメリカ発の便利・効率を優先するファーストフードに対して、スローフードを見直す運動である。
イタリアのブラという街で生まれた運動で、日本スローフード協会によると、次の三つを指標にかかげている。
1、消えてゆく恐れのある伝統的な食材や料理、質のよい食品、ワインなどの酒を守る。
2、質のよい素材を提供する小生産者を守る。
3、子供達を含め、消費者に味の教育を進める。
アメリカのコンビニエンスという考え方が、食べることにも及んで、画一化が進みすぎて、ものごとを
「味わう」ことが少なくなってしまっている。その反省に立って、食事そのものを見直す運動である。
(以下字数の関係でカット 2010年02月15日)
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2004年02月15日(日)
1047、「22歳の日記」の終わりに
今日で学生時代の日記が終わっていた。何時から何時までという日付の無いフリーの日記帳なのだが、
丁度よいタイミングで最後のページで、最終日の今日だけレポート用紙が貼り付けてあった。
いま一冊の日記帳にあと半年位は書いていたと思うが、ハッキリした記憶が無い。
この日記を書き移していて「恵まれていた環境にいた」とつくづく思う。
「寮生活に、一ヶ月の欧州旅行、ゼミ、クラブ、教授、両親、友人」と多彩な環境が重なっていたことに驚いた。
そこには地方出身の、土がタップリついた、純朴な姿がそのままあった。
この時期に培ったものが一生ついてまわることを、振り返って実感する。それと真面目な姿も、今も昔も一緒である?
大学の専門分野の授業が結構面白かったことと、全く知らない分野を、色いろ知ったのが最大の収穫であった。
また知識や情報や人脈の重要さを実感をした。知的好奇心がこの時期にやっと芽生えたのだから、かなり遅咲きであった。
大学の知識などは、実社会に出てからの経験や読書などの蓄積からみたら、微々でしかない。
「大学を出てないから駄目だ」という自分の思い込みという石をつくらないで済んだのも収穫であった。
当時の学生時代の背景が、昭和40年代前半だったというのも恵まれていた。
特別恵まれていたのではなく求めるものがあったから、見返りに対象が反応した部分もあった。
この時代のポップスは黄金時代といわれている。高度成長期の波に乗って、素晴らしい歌が次々出ていた。
恵まれた時代にあたった世代は、最後の最後まで恵まれるようだ。年金も、丁度よいようになっている。
同世代の人をみていると仕事などでハッピーエンドの人が多い。学生時代に真面目に過ごした人は、その後の人生で順調のようだ。
マージャンや女性狂いをしていた人は、あまり恵まれた人生ではない。知識や生活の基盤をつくっていなかったためだ。
その一人が自分でもあるが。寮にクラブにアルバイトに酒にと、全て中途半端であった。
しかし、それに気づいて産能大に入りなおして基盤直しをした?が、それでも取り返しがつかなかった。
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02月15日(月)
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