ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2962,若者たちは今 −2
おはよ?!(*^ワ^*)i
いま一つ劇的なポイントがあった。
それはブログに書かれた記事は、検索エンジンにとっても検索されやすいということだった。
わかりやすく言えば、ブログの記事や日記は一本一本が独立したHPのような形式になっている。
検索エンジンはこうした構造のHPを好むから、結果的に検索エンジンはブログに書かれた内容であっても、
企業のHPと同じように検索エンジンに取り扱われるようになったのだ。
「ウェブ進化論」の第四章ブログと総表現社会 の中に解りやすく書いてある。
ーひとつはブログの仕組みは、記事をコンテンツの単位として設計されている
ということだ。つまり、ここの記事に固有のアドレス(URL)がつけられた。
技術的に難しいことではないが、これが当たり前になったのが非常に大きかった。
それぞれのブログの記事に固有のアドレスがつけば、「○○さんのブログ」というたくさんの情報が
混在する塊を指し示すのではなく、「○○さんのブログのこの記事」とピンポイントで紹介できる。
そのウェブサイト全体の内容が次々と更新されても、書かれたその記事のアドレスは変化せず、リンクは永続する。
ウェブサイトという単位よりも、もうひとつ小さなくくりである記事が、ブログで取り扱う標準単位になった。
(*^ー^)/C□~~ コーヒー
第二の技術的変化は、RSSという古い技術がブログという新しい仕組みに取り込まれ、全く新しい可能性を拓いたこと。
RSSとはウェブサイトの更新情報を要約してネット向けて配信するための文章フォーマットのことだ。
もともとウェブサイトとは実に受動的なメディアで、サイト上で何か更新を行っても、
誰かがそのサイトを見に来てくれない限り、その更新は人の目に触れないという
代物であった。しかし「更新情報を要約して配信」できるということは、
そのウェブサイトをの更新を能動的にネットに向けて知らしめることができるということを意味する。
記事をコンテンツの単位として考えたブログの仕組みと、サイト内の記事を配信するというRSSフォーマットの
構造がうまくマッチしていたため、ブログを書くためのツールの殆んどが、最初からRSS配信機能を組み込んだ。
つまりブログツールは、記事がかかれてサイトが更新される度に、RSSフォーマットの情報を、ネットに向けて
自動的に配信するようになったのである。むろんブログの書き手のほとんどはそんなことを知らない。
しかし、インターネット上は、ブログを書いた人たちの記事の数だけ吐き出されたRSSフィードで溢れるようになった。
フォーマットが標準化されていたから、ネット上の誰もが、それらを拾って蓄積したり、加工したり、サービスを開発が
できるようになった。情報の自己増強・伝播メカニズムの芽が、ブログとRSSの組み合わせによって生まれたのである。
(o´・ェ・`o)ノ♪ バイバイ!
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2005年05月15日(日)
1503, 平等について ー1
ー不平等が人間の基本ー
フランス革命の旗印は「自由・平等・博愛」である。
その自由に重心を置いたのが、自由主義であり、平等に重心を置いたのが、社会主義である。
博愛に重心を置いたのが宗教というところか。「自由」については何回か書いたが、今度は「平等」
について考えてみよう。『日常生活に哲学は必要だ』ー三浦朱門と鷲田小弥太の対談集ー
の中の「平等について」の一節に明快に書いてあった。 これから考察してみる。
ーまずは抜粋してみるが、「平等」に対して、これだけ解りやすく納得させてくれるのも珍しい。
ー「不平等が人間の基本」ー
・三浦
社会主義の基盤は平等です。さっき、人間は共産主義者が好きなのではないという話がでましたが、
それは実は平等が好きだということなんです。実際、遠見に見ると、人間なんてどれもこれも同じなんです。
たとえば学校を見ると、卒業式とかなんかで、クラスの記念写真を撮りますね。
これが制服など着たりしているとなおさら、みんなと同じである。
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05月15日(金)
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