ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2963, ディズニーランドとディナーショー
先日、地元長岡の300人のディナーショーについて書いた。
「直感的にディナーショーの会場の雰囲気がディズニーランドと感じたが何故?」と考えてみた。
ディズニーランドは遊園地。 家族、友人が連れ立って浮世から離れ異次元の世界を楽しむ幻想の世界。
その辺がディナーショーと同じと感じたのだろう。
女性達が最高の御洒落をし、仮想(仮装)を楽しむところが酷似している。
ディズニーランドの御人形に自分がなってしまうところがミソ。 その点では、ベニスの仮面舞踏会の方に近いか。
一万円でディナー付きでショーを楽しんだ上に、互いの着飾った姿を楽しめるのだから、これはこれで良い。
それも小さな地方の街で、300人も集合したハレの世界である。
最近、「共同幻想」という論を知った。そこに「共同幻想、他幻想、自己幻想」というのがあった。
全てが幻想でしかないなら、仮装をすれば良いのである。
服装は、第二の皮膚というなら、可能な限り良いものを着ればよい。虚飾も、それまた「虚飾した自分」である。
全てが元々幻想でしかないのだから。ただ、解った上で幻想を楽しむことだ。人生は楽しめるうちに楽しんでおくこと。
また、笑えるうちに笑っておくことである。 そう思えるようになったのは、歳をとったということだろうか?
聞くところによると、300人のディナーショーは、地元では珍しいという。
あれだけの女性を集めるというと、色いろな難しい点があるはず。
あの人と同席は嫌だとか、隅は嫌だとか、女は難しい。 ディズニーランドというより、ズーの世界に近い。
それも固定化された城下街のこと。 私の知らないことだが、キメの細かいカースト制度(身分社会)があるのだろう。
誰々は銀行の重役とか、お医者様の奥様とか、今はときめく新興ソフト会社の社長婦人とか。
逆にそれまで、ふんぞり返っていた旦那の会社が倒産して、小さくなっている奥様とか。
その渦巻く社会のアッパーが凝縮した世界を「御伽話」として、現に見ることができたのである。
まあ、そういうこと。 ミッキーマウスは、チャップリンからきているというが・・・
・・・・・・・・・
2599, 楽天主義とは
2008年05月16日(金)
こういう先行き不安定の時、せめて気持ちは楽天的でなければせっかくの娑婆、
勿体ないではないかと思う日々である。 そこで楽天主義を フリー百科事典
『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみた。
〜〜
楽天主義とは、optimismの訳語のひとつ。 哲学上では最善説と訳される。対義語は悲観主義。
ライプニッツの予定調和を主張する「最善説」に由来する。
ライプニッツは、現実世界は可能なすべての世界の中で、最善のものであると考えた。
かれはまず想定可能なすべての世界を考える。しかし、このうち、内部に論理的な矛盾を孕む世界は
そもそも現実化可能ではない。そこで、この共可能的な事象の組み合わせからなる複数の可能な世界のうち、
どのような世界が(神によって)実現されたかが問題となる。
そこで、かれは、神は定義に善なるものであることが含まれているのだから、
選択された世界は最善であったはずだ、と主張した。
ヴォルテールはこの最善説を揶揄批判したが、ライプニッツは、現実世界が、すばらしい場所である、
またはすばらしいことが起きる傾向がある、ということを述べているのではなく、
「現実は起こりうることの中では一番マシである」と主張しているのである。
ひとが想定するよりよい世界は、人間の限定された知性と知識では認識できない、何らかのそれを補う悪や、
あるいは、現実化を阻む論理的な自己矛盾を持っているのだ、ということである。
ただし、この最善たる「現実の世界」は「現在」とイコールではないため、進歩や改良の可能性が
否定されているわけではない。 したがって、むしろ、起きたことは必然であった、というような納得と近い。
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なかなか、ライプニッツの最善説は、説得力がある。
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05月16日(土)
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