ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2929,閑話小題
どの世界にも「事実は小説より奇なり」の話は転がっている。
             
            (℃゛)/ また、明日!
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2006年04月12日(水)
1835, 善意について
      \(^▽^*)おはようございます!(*^▽^)/

善意については、色いろ考えさせれることが多い。
最近になって、そのプラス面でなくマイナス面の指摘を目にする。
善意の善は、善悪の善である。 善悪なぞ、価値観の一側面でしかない。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、一つとっても互いの善悪は全く違う。
善をプラス、悪をマイナスみても、善も悪も何時までも持続はしない。
環境が変化するからだ。環境が変化をすると、善はマイナスー悪になる。
現在の自民党の族議員、ゼネコン、官僚の構造的汚職など典型的なものである。
善意は、善意でよいが! 善意だから何も許されるという甘えがマイナスになる。
日本の裁判の特徴に、善意による脇の甘さが起因しているトラブルがあまりにも多いという。
「友人の困窮に家を貸したが、相手が権利を主張をしてトラブルになった」とか、
「連帯保証に、善意で判を押してしまった」という話だ。その善意が狙われるのだ。
善意を売りにしている人間で真っ当な人は多いが、何らかのペルソナ(仮面)の一部ぐらいに
割り切っていたほうがよい。ただ、善意ではなく、できることならギブ&ギブを心がけていた方がよい。
善意と優しさは、似て異なるものである。善意という動機にクールの視線を持てということだ。
(ウオーム?ハートにはクールヘッドがコインの裏表のように必要である。)   
 ー以前書いた、善意の小悪党に関する文章である。
  これは、善意ー善人面を売りにして事例だから、すこしづれるが・・。

ーー
2004/02/06
1038, 「わたしは悪い不動産屋」?2

以下の内容は、この本の書評というより、仕事で不動産にかかわってきた
私の目から見た不動産業に対する批判と知識である。
この本を読む限り、不動産屋とかマンション屋は全て悪徳のように思えるが、
実際はそうではない。真面目な不動産屋が大部分である。
しかし、20??は悪徳に近い。80対20の法則がここでも当てはめることができる。
その20?が80?の悪さをする。しかし、それを素人は見抜けるわけがない。
80?の善良の不動産屋にも20?の悪徳要素が含まれていると考えた方がよい。
完全な物件は無い、それをよい部分だけを誇張していまうのだ。(実際は5?が、95?の悪さをするのだろうが)
面白い善意の不動産屋がいる。自分は何も社会倫理に反する事をしていないが、
不動産屋の習性で、物件に対する瑕疵を見つけて冷静な判断をする。それが彼の仕事である。
ところが無意識で親しい人間の瑕疵を見つけ、他人に瑕疵を営業代わりに、内幕情報屋をしている。
しかし、そのことを自分で自覚してない。その瑕疵を純粋に相手を変えて言ってしまう。
悪意なしの無意識の世界の恐ろしさの深さがある。
不動産業の業というよりも、誰もが持っている人間の業であるが。
人間は誰も善意の悪党の要素を多く含んでいる。人間論になってしまった。まあ他人事でない。
違うカタチで自分の生き方で、同じことをしていたのだろう。
生きるということは、こういうことなのだろう。 純粋性の恐ろしさがある。
不動産屋は、なるべく相場より安く値づけをして早く商売を成立させたい。
その為に対象のケチとあら捜しをするのが習性になっている。不動産取引は情報の売り買いである。
長期物件の売買で生きていく糧を長年かけて網を張っていく世界だ。蜘蛛の巣に情報がかかってくるのを待つ商売である。
少しマイナスの視点で書いているが、それだけ深い世界ということだ。そして無くてはならないビジネスである。
不動産屋をみていると、それぞれの個性がある。 野球のバッターに例えると
・バント専門
・ヒットバッター
・ホームランバッター
・代打専門と、それぞれの特性がある。
・バントは、アパートなどの仲介を中心に扱う
・ヒットは、マンションや住宅の売買を得意とする

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04月12日(日)
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