ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[396272hit]
■2570, 些細なものほど、光を放つ! と、振り返ると解る
ーマレーシア、パキスタン、サウジアラビア、イギリス、
フランス、ドイツ、 デンマーク、エジプト、アメリカ、チリなど・・
アメリカのジャンケンは日本のかけ声を英訳したもの。
この本を読むまでは、日本特有の遊びと思っていた。
お座敷遊びで、野球拳とかがある。子供の頃は何かあるとジャンケンで決めていた。
そういえば、ジャンケンで勝ってハワイに行ったことがあった。
(実家の会社にいたとき、社員旅行で兄とどちらか社員旅行で
ハワイに責任者として行くかで)まあ、よき時代であった。
゚+.(*・ω・)ノ*. バイ!
ーーーーーーーー
2005年04月17日(日)
1475, 汚れつちまつた悲しみに−2
「汚れつちまつた悲しみに」の「汚れ」を「倒れ(挫折)」にして、
「倒れてしまった悲しみに」 という詩を書いてみた。
昔の何度かの挫折を思い出しながら。
−作成時、2005年4月16日 20時20分
ー倒れてしまった悲しみにー
倒れてしまった悲しみに
今日も涙の雨が降りかかる
倒れてしまった悲しみに
今日も嵐が吹き荒れる
倒れたしまった悲しみは
たとえば樹氷のように突き刺さる
倒れてしまった悲しみは
たとえば黒い血海のよう
倒れてしまった悲しみは
たとえば虚空の空飛ぶ蜻蛉よ
倒れてしまった悲しみは
あなたの愛に気づくとき
倒れてしまった悲しみは
夢みた昔を懐かしみ
倒れたしまった悲しみは
倒した人を思いだす
倒れてしまった悲しみは
光りの日々が走馬灯
倒れてしまった悲しみは
独りの自分に出会うとき
倒れてしまった悲しみは
悲しい悲しい悲しみよ
悲しい悲しい悲しみよ
倒れてしまった悲しみは
倒れてしまった悲しみは
倒れてしまった悲しみは
・・・・・・・・・・
2004年04月17日(土)
1110, 「ライフ・レッスン」ー読書日記 −3
第二章 愛のレッスン
・ことばで説明するのがきわめてむずかしい愛こそが、人生という経験のなかで
ただ一つの真実である。永続をするただひとつのものである。
愛は恐れと対極にあるもの、つながりの本質、想像の核心、力の美しい部分、
自己が自己である為のもっとも微妙な部分である。
・自分を愛する事は、いつも周囲にある愛を受け入れる事である。
それはあらゆる障害をとりのぞくことである。
自分がつくってしまった障害に気がつくのは容易なことではないが、
実はこころの中にいくつもの障害があり、それが人間関係影をなげかけている。
神に会うことができたら、神は「おのれに愛をあたえたか、人に愛を
あたえたか?人からの、おのれからの愛をうけたか?」と問うだろう。
自分自身を愛する力は、人の愛を受け入れ、人を愛することによって身に
付いていく。神はわれわれに、愛し、愛される無限の機会をあたえてくれる。
・わたしたちのほとんどは、じつは愛を経験をしたことが無い。
経験をしてきたことは愛ではなく報酬である。 子供の頃、わたしたちはお行儀よくしていれば、
いい成績をとれば、オバアチャンにやさしくしてあげれば、手をよく洗えば、「愛してもらえる」
ことを学んできた。
愛されようと努力はしたが、それが条件つけの愛であり、
にせものの愛であったことに気がつかなかった。
いちいち他人から是認を必要とするような愛を本当の愛とよべるだろうか?
自分自身への慈しみの心を持つことが、本当の愛の第一歩である。
あなたはたましいによい栄養をあたえていただろうか?
自分を愛している人は、何をするにも顔にほほえみを浮かべている。
それをすることがうれしくて、たましいが歌をうたっているのだ。
そうすべきだと教えられきたような行為ではなく、そうしたいからしている
行為である。たましいに栄養をあたえる行為とは、もしかして、休日でも早起きを
[5]続きを読む
04月17日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る