ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[396563hit]
■2429, 20世紀を生き、21世紀を覗き見て
この節で、人間の日々の行動に何らかの目的があることの重要性が説かれている。
‖┓ ((
(_) 匚P
━┻
ードストエフスキーは次のようにいう。
「もしも囚人に、一つの手桶の水を他の手桶にあけ、
それをまた逆に始めの手桶にあけたり、砂を搗いたり、あるいはまた、
土の山を一つの場所から他の場所へ移し、それをまた元へ戻す
というようなことをさせたら・・・・
囚人はきっと四、五日も経ったら首を吊るか、
でなければむしろ死んでそんな侮辱や苦痛から逃れようと思って
どんな罪でも犯すだろうと思う」 ヽ(゚Д゚;)ノ!!
ーわれわれの暮らしや仕事もまた、つきつめて考えると
「一つの手桶の水を他の手桶にあける」
作業の繰り返しのようなものだと自嘲せずにいられぬ一面をも具えている。
しかしそれを刑罰とも感じないし、苦痛とも感じないのは、
我々が鈍感だからということもあるが、毎日の活動の中に、
なにか物を作る行為にも似た行為によって自分で自分を生かす目的なり
意味なりをいつの間にか黙って自ずと見出して、その日その日の自分を
無言のうちに支えているからだともいえるであろう。」
以上からみて
人間が生きるということは、
・死を直視するのを避けられる生活で
・「時間を短く過ごす」事の出来るような行動を求めて
・その中に意味や価値を見いだせる行動と思い込んでいるに過ぎない
ということになるが、人生をかけたライフワークの裏面は、
そんなところかもしれない。
(^┰^;)ゞ
・・・・・・・
2004年11月28日(日)
1335, 「おカネの発想法」 ー読書日記−2
ー前回に続いて、印象的なところを抜粋してみるー
ーおカネが本物かニセモノかという点は、実は本質論ではないのです。
そのおカネが受け取ってもらえるのか、それとももらえないのか、
というところに、おカネであるか否かを峻別する本質があるという
その性質がおカネにとって最も重要な「一般受容性」なのです。
おカネが増えるとしたら、それはそのおカネを使ってビジネスをする人が
いるから増えるのです
ー株式会社の株式を所有していると、万が一倒産したときに投資がパーに
なってしまうということを「リスク」と呼んでいるのであれば、
株式会社に勤めることはもっと大きな「リスク」である。
おカネの発想法に基づく株式投資
・どの株式会社がうまくいくかわからないから、
いろいろな株式会社に分散投資することによって、
全部が全部ダメになるということのないようにしよう
・二〇銘柄に分散→「転職してみたい会社の株式」がお勧め
株式投資における究極の目的は、おカネを儲けることではないのです。
株式投資の究極の目的は、人を動かすパワーを手に入れるということ。
ーおカネというツールに頼らないコミュニケーション能力を持っている人は
おカネが要らないということなのです。
おカネがなくとも、他人を動かせる人には、おカネは不要なのです。
おカネに頼らなくとも、自分の好きなモノが手に入る人には、おカネは要らない。
めざすべき究極の姿は、「自分自身がおカネになる」ということ。
コミュニティとか、仲間とか、人望とか、信頼性とか、信用というモノはカネと同じなのです。
そういうおカネをどういうふうに獲得していくのかが極めて重要なのです。
おカネは、インフレで価値が減ってしまいますが、コミュニティとか、仲間とか、
人望とか、信頼性とか、信用というモノは、インフレによって影響を受けません。
逆に、そういうときこそ、真価が発揮されるに違いありません。
『金持ち父さん貧乏父さん』の教えには反してしまいますが、
まずは仕事をしておカネを稼ぎながら、自らを鍛えなければなりません。
[5]続きを読む
11月28日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る