ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2394, 恥はかかせろ、いじめはなくすな −2
 事務所の移転で、部屋の整理をしていて、一冊の見た事のある小さな鍵付の
ノートが出てきた。開いてみると日記帳である。「22歳の日記」の続編である。
その続編があるとは、思ってもいなかった。
おそらく、「22歳の日記」とセットで、何処かにしまっていたのだろう。

 もっとも、入社したてで激務のせいか、8ヶ月で17日分しか書いてなかった。
−3月5日から11月初旬の間であるー
かなり刺激的な内容もあって、肉体的にも精神的にも極限状態が
手に取るように解かる。読んでいて戸惑ってしまっている。
三重県の四日市から、神戸に転勤するまでの心の軌跡や、
具体的な日々の有様が、そのまま書いてあった。

 小さな会社が三社合併をした年で、その交流の1弾として方々に
転勤させられていた。今から考えてみても、異常な日常の連続であった。
まあ良い体験をしたのだろうが、当時の流通は今でいう3K そのものであった。

 流通革命の旗手と上手く煽てられて、合併の最前線の駒に使われていた。
一番立場の強い会社に入社したため、惨めな目には会わなかったが、
それでも、一日一日が変化の激しい体験の連続であった。
まあ、それは40歳近くまで続いたが。

 研修が終わり、現場に配属された初日の事や、卒業式に出席する為に一度東京に
帰ってきた2日間のこと。(当時は卒業前の3月1日に仮入社するところがあった)
悩んで、学生時代に通った禅寺に行ったことや、神戸の日々のことなど、
その時々の気持ちが書いてあった。
 
 スーパーの店頭での「瀬戸物の叩き売り」は、映画に出てくる
「男はつらいよ」の寅さんの口上とほぼ同じである。
それより、当時の関西のスーパーの肉屋や魚屋の職人には・・・?
それだけでない、スーパーの店員なんぞは下の下という風潮があった。
何が流通革命の旗手かと、ただただ驚きであった。

 汚い寮に住んでいたとはいえ、学生時代のアカデミーな世界とは一変、
地獄の底に突き落とされたというのが、その時の偽ざる実感であった。
もし、この文章を読み返さなかったら無意識で、当時の記憶の消去を
頑なにしていただろう。それだけあまり思い出したくない日々であった。
まあ誰もが入社したての頃はそうだろうが。

 書き残すということは非常に長い目でみても有益なことである。
「猿人類と人間の差は魂を持っているかどうかの差である。
 魂とは、言葉を持つことによって得ることが出来る。」
という猿人類学者の言葉を、このような日記を読み返すと実感する。
言葉で書き残してなければ、当時の心の叫びは残ってない。

 おりおり、配属の日の日記とか、卒業式の光景、そして神戸の日々とか、
禅寺の一日を書き写してみるつもりだ。
ただし五日間のみにする。あまり当時を直視したくない。
心情を書き残すということは魂を書き残すことと実感する。
 今このような日記を書けといっても書くことは出来ない。

ーーーー
S5709事業百訓 ー1982年7月9日記(社内報)より
 
 何かの偶然で私自身全く貴重な経験をしてみた。
 修業という事で、三重県のA社に勤め、考えるところがあり再び学校へ入り、
その後石川県のB社に再就職をし、その後独立したのですが、
私がB社を去った3年後、A社がB社を吸収合併をしてしまった。
別に系列下にあったわけでもなく全くの偶然の一致であった。
 私自身修業という事で入ったのですが、戦略・戦術という面での社長の決定的違いを
一兵卒の立場よりケース・スタディという面で、非常に勉強させてもらった。
ー以下は字数の関係でカットー2007年10月23日
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2003年10月23日(木)
932, ある旅行代理店の廃業

 ツアー大好き人間として、旅行代理店遍歴を多くしてきた。
初めは日本旅行を母が使っていた因縁と、他の代理店の情報不足の為にブランドに
頼りざるをえなかった。
ところが、民間の安い代理店「新日本トラベル」をつかった姉が
「値段の割りに良かった」という話を聞いて、スペインのツアーに参加してみた。

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10月23日(火)
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