ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2263, 人生の真価の問われる10年とは
ルイス戦の勝敗の行方は、タイソンの”自らとの戦い”の如何によると言ってもいいだろう。
ー52戦48勝(42KO)4敗1NC。
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2004年06月14日(月)
1168, 笑いについてー2
笑いについて、度々この随想日記で書いている。
動物のなかで笑うことができるのは、人間だけである。
人間はちょっと工夫すれば、いつでも笑うことができるし、
笑いの習慣化も可能である。
とくに、自分を笑うことができれば、その効果が倍増する。
自分を深刻に考えている時ほど、可笑しいことはない。
深刻な出来事も10年も経ってしまえば、どうでもよい出来事でしかない。
いや、むしろ滑稽とさえ思える事だ。
笑いは陽気な客観化をしてくれるし、自分自身の癒しになる。
また笑いは周囲の笑いを引き出すことができる。
自分が笑っていれば周囲にも笑いが広がる。
笑いは神が与えてくれた最大の贈り物である。
私の場合以前にも書いたことがあるが、日曜日を笑いの日にしている。
特にTVのお笑い番組みを効率よく使っている。
「新婚さん、いらっしゃい」
「笑点」
「からくりTV]
前日に録画した「BS笑点」である。
笑ってやろうと、待ち構えていると倍は笑える。
笑うから、可笑しいということが実感できるのだ。
笑えば心が軽くなるし、消化もよくなる。
同じ時間を過ごすなら、楽しい時間を過ごした方がよい。
とくに笑っている時間は人生で最も貴重な時間帯の一つである。
「笑え、笑え、もっと笑え!」
笑ってさえいれば、肩に背負った重荷は半減をする。
すべての悩みは、いずれは時間が解決をしてくれる。
どこの国でも「ジョーク」がある。
日本では落語があったし、川柳もあった。
これは笑いを国民レベルで創作をしていたのだ。
この随想日記にも「ジョーク」のコーナーがある。
最近は書き込みが少ないが。
まあ一番の笑いは、いい歳をして「お笑い」を見て大笑いしている自分だろう。
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以前書いた笑いについてを貼り付けておきます。
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笑いについてー 1
2001年12月22日(土)
私の最大の素質は腹から笑える事だ!
昔からいろいろあったが、これは子供の時からの特技である。
激しい真ん中(商家)に生きていたからだろう。
笑っていなくては、やってられない!
TVの漫才をみて笑っていたら、親戚の叔母が見ていて不思議そうな
顔をして「どうしたらそうして笑えるの?」と学生の時聞いたことがあった。
笑うとは何だろう?もちろん理屈はある程度解かっている。
でも実感としての(笑)とは何?と考えた事があるか?
人生から笑いをとったら、残るのは何だろう?
笑う為に生きてきたみたいなものだ。それだけで人生元を取ったように
思える。いや感動・感激もいえる。
魂の顕現化といっていい!それでは落語家か、漫才家になればよい。
しかしそれは商品でしかない。
実際の(笑)は違う。心、いや魂の緩みだ!
どういうわけか、過去を振り返ってみて、笑いだけは常にあった。
笑えない時期でも(笑)は別腹であったことは事実である。
その理由は今でも解かってないが、結局は背後に豊かさがあった為だろう。
家内に言わせると、どんな時期でもTVの「落語や漫才」を見て、
大笑いをしていたらしい。
でも本当にそうかと自問してみるとそうでもないか!
「凍りつくような時期」ではどうであろうか?笑いはなっかった!
やはり結婚をして,家庭を持ってからはどんな時期にも笑いだけはあった。
それが家庭の効用?か。
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2003年06月14日(土)
801, 一期一会 「一語一会」−2
「一期一会」それは元来、お茶の世界のこころとして
「すべての客を一生に一度の出会いとして、悔いのないようにもてなしなさい」
という意味である。
私が酒を人と飲む時に常に「一期一会」で飲むことにしている。
そうすると、飲み方が変わるのだ。
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06月14日(木)
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