ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2236, *閑話小題*
 2キロの‘ラジウム石の塊’が枕の横にタオルに包んで置いてある。
・風呂には拳大の‘ラジウム石の塊’を入れてある。

これをつかい始めて、直に変化が起き始めた。
気力が数倍充実した感覚ある。
恐らくラジウムが身体の中にある放射能を刺激をしたのだろう。
(人間も微量であるが、放射能を放射しているという)
この冬は風邪とは無縁であった。
とにかく私の場合、凝るとトコトン追求したくなる性質。
あと一月は、ラジウム石に気持ちを集中してみるつもりである。

ラジウム石には、人によって体質に合わないことがあるようだ。
私の場合は、体質には問題がない。
(初めは、風呂にラジウム石を入れたらアレルギーになったが)
いずれにしても、人間の身体には良い影響を与えるようだ。

以前、不思議なことに身辺に置くと体調が良くなるコースターに凝ったことがあった。
あの種明かしが、ラジウム石の素材ではないだろうか?
サルノコシカケという苔があるが、これはラジウム有機物質という。

・・・・・・・・
2004年05月18日(火)
1141, 「ライフ・レッスン」−最終レッスン

最終のレッスンになったが、何ごともレッスンとみれば
世の中の出来事はすべて意味があることになる。
過去を振り返ってみても、すべての出来事は意味があった。
ならば、毎日の出来事にレッスンの意味を見出して学び生きていくことだ。

この世は、意味を見出す為に、感動する為に、愛する為に、
全てを学ぶ為にあることを、この本からレッスンした。
毎日は、「バカの壁」を乗りこえるための学校と思うとよい。

「秘境ツアー・レッスン」「事業レッスン」「挫折レッスン」・・・
など、いろいろ書けそうだ。

各章を書き続けて、多くを内省した。
人生から学ぶことがあまりにも多い。
ーーー
ー最終レッスンー からの抜粋

・わたしたちは、自己の長所をしり、たがいの美点を見つめあい、生きている
ことの奇跡を讃えあうために地上に生まれてきたことを、思い出す必要がある。

試練に揉まれて人は甌穴のなかの岩に似ている。穴のなかで川の激流にもまれ、
翻弄されているうちに、角がとれて磨き上げられて、以前よりまるい、希少な
岩になる。穴から出てきたときには、もっと大きなレッスンを学び、
もっと大きな人生を生きる準備ができている。すべての悪夢は祝福に変わり、
それが人生の一部となる。
人生は『なにが大切か』を、『本当の自分とは何か』を教えてくれる。

「おわりは逆向きのはじまりにすぎない」のだ。
『生がいいものだとわかれば死もいいものであるはずだ。生も死も、おなじ
 名匠の手によってつくられたものであるからだ」

・海のそばに住んでいる人はたくさんいるが、しみじみ海をながめ、海を味わい
 つくす人はほとんどいない。ほとんどの人は空の下に住んでいながら、星をながめ
 ようともしない。わたしたちは本当に人生にふれ、味わい、堪能しているだろうか?
 平凡の中にある非凡なものを,感知しているだろうか。
 毎朝、目がさめるたびに、あなたが経験すべき人生を、
 もう一日だけ与えられているのだ、といってもおなじことだろう。
 その一日を、あなたが最後にフルに経験をしたのはいつだっただろう。

・いまの人生とおなじ人生は二度と手にすることはできない。
 この人生ではたしてきた役割をもう一度演じることも、
 もう一度これまでと同じように人生を経験することも、二度とない。

・あの両親のもとに生まれ、この家族を持ち、このこどもに恵まれ、
 この環境、この状況のもとに生きてきたように、この世界を経験することは、
 もう二度とできない。

・おなじ顔ぶれの友人をもつことも、今生の生かぎりである。
 あの海、あの空、あの空、あの愛する人を、最後にもう一度だけみたいと願うように
 なるときまで待つ必要はない。

・・・・・
2003年5月18日
774, 30歳の頃(1976年)

 この年は本当に大変な年であった。

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05月18日(金)
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