ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2237, お金の正体 −1
「お金の正体」 ー日下公人著
(((。・-・)从(・-・。)・゜
「生・死」と「金」の話題は尽きることは無い。
特に「金」に関してはもういいや!と思うが、それでも次々面白い道理に出あう。
しかし、どれを読んでも面白いのは、金が欲の集約でもあるからである。
この本を図書館で手に取ったときは、あまり内容のない本に思えたが、
実際読んでみると、面白い本である。
「お金の正体」はつきつめると
「その人が求めている幸せは何ですか?」ということになる。
幸せとは何ですか?は、これも単純で解りきったように思えるが、実は深い問題である。
私が好きな「幸せはアルコールのようなもの」とか、軽く扱われない大きな問題である。
以前にも何度か書いてきたことたが、
父が死を覚悟した時にジッと私の顔をみて、数千万円の数字を紙に書いて
「この数字と銀行預金の同じ数字と何処が違うのだ?」
と深刻な顔をして私に問いかけた。
「事業という楽しみの後に残ったカスがお金である!」が父の口ぐせだったが、
それでは、そのカスも紙に書いた数字でしかないことに気づいたのだ。
「実際に使えないなら現状なら、無いに等しい」といいう言葉を加えた。
しかし両親は、そのカスを更に楽しんで使っていた。
それ以上を求めること自体は、少し求めすぎのように思えたが、
それでも逝く直前に割り切れない何かが心が残った。
その時、何かを伝授してもらった。
「仕事を遊びまで高めること、そして、そのカスとしてのお金を、
仕事とは別の趣味を見つけ楽しむこと。それも楽しんだら、
大らかな気持ちで余韻を楽しむこと」である。
金を哲学的に考察すると、交換手段としてのルール(価値尺度)でしかない。
それでは目的はというと「魂の充足と自由」である。
「金」を通して(物や事で)魂の充足をしているうちに、目的と手段が混同し、
その混同が生き方を誤らせてしまっているのが現代の傾向である。
金という手段で「魂の充足と自由」をやり取りしているうちに、
金が魂と同類に思えてしまったのである。
だから価値尺度の通帳を見てニヤニヤしているうちに死に直面してしまい、
「金」が果して何だったのだろうかと錯乱してしまうのである。
ところで私の父親の迷いは何だったのだろうか?
その謎解きをしてみよう!
事業を楽しんで当時として、地方では財をなした。
そして、以前の家業の骨董屋の因縁で「骨董」の収集と、「国内旅行」を楽しんだ。
更に豪邸をつくった、そしてその8年後のある日突然死を宣告された。
目の前には、当時の数千万の預金と、幾つかの土地屋敷がある。
「それでも残ったこれは(資産)自分にとって何だろうか?」という疑問である。
死を直面して、混乱をしたのである。
父は事業も趣味も充分に楽しんだ。
そう、魂の充足はしたのである。
ところが、何かが欠けていたのである。
それは哲学的思考である。それも、難しい哲学ではない。
それで充分幸せであった!という心の安定を裏づける確信ができなかったのである。
「それでは完全燃焼などあり得るというのか?」という哲学的な答いが
出来なかったのである。
父の姿をみていて「哲学の基礎だけは教養として身につけておかなければならない」
ことを教えてもらったのである。
ー以前、書いた一部を紹介してみるー
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H0903 お金について
誤解を恐れずに、いや覚悟の上に書いてみる。
これほど重要なモノについて誰も直視しない。
触れたがらないのはその本質があまりにも“現金”だからである!。
ズバリお金は“自由の塊”である。
世界の大部分のモノが引換に手に入る!人の心さえも。
それほど強力な魔物である。
それに支配された時、その人の奴隷使いにも変身してしまう。
反対に上手に使えば従順な召使いになる。
父がよくいっていた
“お金がないのは首のないのと同じ位つらい、
その苦労はこの世で一番の苦労だ!。”
“お金で奇麗事を言う奴が一番お金に汚い人だ!”
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05月19日(土)
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