ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2066, あたりまえなことばかり −17
・わたしはほめない、ほめちぎるのだ。
  ほめるのでは足りない、
   ほめちぎらなと、ほめたうちにならない。
  
・「ほめ下手の人は、ほめているものの、相手を見下げている。
     ほめるということは、見上げる事である」
     −これは言いえて妙である。
      「このことに関しては全然あなたの方が上ですね」
        という言い方にすれば、相手も受け入れる。

・「ほめることは簡単だ。しかしほめ続けることはむずかしい」という。
 
 ・「感嘆」に勝るほめ言葉はない。
  
  ・ほめるとは相手を語ることではない、自分を語ることである。
    自分のほめ方は自分にしかできない。
   
    ・相手をほめることで、自分自身の存在を確認する事ができるのだ。
      神様の心にならなくては、ほめることができない。
       ほめることで神様の心になれるのだ。
        怒った顔で、ほめる人はいない。
 ほめる時、人は誰でも、神様になれるのだ。
  ほめるとは、感動である。
   ほめるとは、感謝である。
    ほめるとは、感激である。
     ほめることで、二人の人が幸せになる。
 一人は相手。そしてもう一人は、あなた自身なのだ。

感想ー
 どうもほめる事は難しい。自信がないのだろか。
  やはり営業でそうせざるを得ない立場の人は身についている。
   私がほめると効果てき面だが、軽々しくほめたくはない。
    まずは顔色からほめるのもよいが。
     家内を実験台に少し始めてみるか!
      少なくとも貶すのはやめよう!

「ほめ芸王」
中谷彰宏
パルコ出版
1500円ー税別
2001年06・20
長岡中央出版
2003年03・30日
☆☆

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2004年11月29日(月)
1336, 2000年前のポンペイー5

一昨日のNHKスペシャルで「ポンペイ」を特集していた。
落書きを切り口に番組みを構成していたのが、新鮮であった。
たまたまポンペイについて書いていたので、
その偶然の一致が奇妙な気分である。
2000年前の生々しい人間の心が、落書きの中に出ていた。
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話は少し逸れるが、
エジプトのルクソール神殿の遺跡の壁にあったレリーフに,
兵隊の絵があった。
同じ絵が多く描かれていたが、現地の日本人の女ガイドの説明が面白い。
その兵隊うちの一人だけが、ところどころ逆向きに向いているのだ。
当時の多くの職人の一人が、命をかけて?わざっと逆向きに彫ったという。
いつの時代でも、そのような遊びがあった。
それよりも、数千年の時空を超えた男の生身の人間的なジョークを伝えているのがよい。


ーその番組みで紹介していためポンペイのメモには

・〔私と貴方が一緒に踊ったことを憶えていて、訪ねてきてくれてラブレターを
  置いていってくれた〕返事が壁に書かれていた。
・隣近所のお知らせー人々は回覧板かわりに壁を使ってコミュニケーションをしていた。
・現在の通りの商店看板と殆ど同じものが、当時のポンペイの街にもあった。
・ポンペイの街には400軒の店があった。
 24時間営業の居酒屋があった。
 その居酒屋の奥の部屋でゲームと会話をしている絵が残されていた。
・食料品店の壁には、掛け売りのメモが書きこまれていた。
 家計簿的なメモもあった。
・果物屋には桃が売られていたメモがあった。
  等々である。
メモから、当時の変化がうかがい知ることが出来るという。
当時のローマ帝国の政策の大きなものとして、
パンと、サーカス(街には必ず円形劇場がつくられていた)
を庶民に与えることであった。

AD・54に17歳で皇帝になったネロが、その政策を更にエスカレートさせていった。
そのためか、贅沢の限りをつくす考えが一般にまで浸透を始めていた。


その頃のメモに〔今を楽しめ〕というのがあった。

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11月29日(水)
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