ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1972.事業百訓・・・I
まだ発見されてない地に伝説のそして幻のビルカバンバの都市を建設したという。
マチュピチュを去る決意をした人々は老人と“太陽の処女”たちを殺し、
その一角の墓地に葬った。
この遺体がこの遺跡が発見された時に一緒に発見されたという。
私もこれだけの異界文明の“すごみ”を経験するのは生涯で初めてであった。
まさにSF小説の地を夢で浮遊しているようであった。


H0807インカ帝国<夢の旅> 
  −ナスカの地上絵編ー 

 AC百〜六百年の昔、
海岸から三百八十kmの乾燥地帯に一つの文化が栄えていた。
謎の地上絵で知られるナスカ文化である。
彼等は何を思ってか九百kuにわたる広大な大平原に直接、
三角形の図形と線の動物、虫、植物、宇宙人(?)の絵を描いた。
(その絵と同じものが当時の土器に描かれているので、
 彼等の時代に描いたのが判明できたという。)

 その地上絵は飛行機ではじめて発見、判明された。そ
れが何を意味しているのか、宇宙人説、空飛ぶ人間説、
星座をあらわすカレンダー説などあるという。
灰色の土地を十cmも削ると黄色の地面が出てくる。
それを三十cmの巾で十〜三百mにおよぶ絵をえがいている。
その数がペルー全土で二百以上あるという。
そしてその多くがナスカに集中している。
 
 セスナ機で二十分位飛んだ大平原にあちこち見えてきた。
本当に宇宙人にみせる為としか思えない。
“UFO”のまさに世界である。
少なくとも、このフライトの間は宇宙人は本当に存在しているのでは?
と確信したくなる光景であった。
ハチドリ、クモ、コンドル、サル、宇宙人の絵と、
その背後に何キロにわたる縦横に描かれた直線は、
誰に見せる為のものであろうか不思議そのものである。
 
 編みあげの髪の毛のインデォのおばちゃん、アンディスの山脈、
チチカカ湖にすむ原住民の素朴な生活。
そして世界の七不思議といわれる巨石建設の技術等に、
強烈なペルーの魅力的な世界が今でも脳裏にやきついてはなれない。
高山病に悩まされ死ぬ思いであったが、そんな事は些細に思わせるほどの
聖なる不思議な日々であった。
(次の南米はペルーの反対側にあるキアナ高原にある世界最後の秘境、
 テーブル・マウンテン
 
 ーH08年6月6日〜


H0809 
大地の果て南アフリカ 

 はじめに南アフリカに注目した時、何と遠い国かと思ったが、
英国・ジンバブエ・ボツナワと飛行機を乗り継いで
本当に“遠くへ来たものだ!”と実感した。
わずか十一日の間にこれだけ多くの
 見聞と感激と驚きを経験できるとは…。

 ツアーの同行者十名が二十〜五十回以上のリピーターが大部分で、
トラベルにつきもののトラブルを全員で逆に楽しむ強者ばかり。
そのためかストレスが最小に済んだ事もあって、
非常に楽しく味わい深い旅行であった。

@ 一番の圧巻はジンバブエにある世界三大瀑布の一つのビクトリア滝であった。
 リビングストンの発見したこの滝は幅千七百m、落差百五mあり、
 まさにあのイグアスの滝に匹敵する壮大かつ豪快な男性的な景観であった。
 またそこでの超恐怖体験のバンジージャンプは、
 この旅行のすべての記憶を消しさる位の強烈な体験であった。

A また次に行ったボツナワ共和国のチョベ国立公園でのサンセット・サファリと、
  翌朝のポート・サファリもケニア・サファリと違った味わい深いものであった。
  野生の象がハトやスズメのように街の中へ入りこみ、木の葉を食べているのには
  腰を抜かさんばかり驚いた。
  そしてロッジに帰ってくるとホテルの柵の入り口に、やはり五〜六頭、
  木の葉を食べていた。
  ケニアの殺気だった緊張感がまるでなく、
  田舎の、のんびりしたアフリカ…という感覚であった。
  ここでは象があまりに増えすぎ間引をしているという。

B 喜望峰も感激の連続であった。
  大地の果ての峰の左にインド洋、右に大西洋という。

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08月27日(日)
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