ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1474, 汚れつちまつた悲しみに
人生における人ノレッスンとはおのれの卑小性に働きかけ、否定性をなくして、
己のなかにも他人の中にもあるベストなものを見つけ出す作業である。
人生の暴風に似たそのレッスンは、人をして本来の人に戻してくれる。
人間が地球上にいるのは、互いに癒しあうためである。
これは身体的不具合を癒すだけでなく、はるかに深いレベルでの癒しである。
精神と魂の癒しである。
・人がこういった人生のレッスンについて語るとき、人は完結していない
気がかりな問題の解決について語っている。完結していない気になる問題とは死に
ついての問題ではなく、生についての問題である。'確かに私は豊かな暮らしを
実現した。
しかし、本当に生きるために時間を使ってきただろうか?'
というように最も大切な問題である。多くの人々は確かに存在はしてきたが、
本当に生きてはこなかった。
それらの人々は完結していない気になる問題に蓋をするために、膨大なエネルギーを
費やしてきた。
・完結していない気になる問題は人生最大級の問題であるから、死に直面したとき
焦眉の急の課題になる。大多数の人々は完結していない気になる問題の多くを
未解決のままで終わる。問題の一部しか解決できない人も多い。
・人生には学ぶべきレッスンがあまりにも多い。一度だけの人生では習得不可能で
あろう。でも、学べば学ぶほど未完結の問題が少なくなり、それだけ充実した人生に
なり、本当に人生をおくることができる。
いつ死ぬかは不明であるが、死ぬときには、'オーイ神様、私は生きました'
と言えることになる。
・・・・・・・・・・・・
「ライフレッスン」
エリザベス キューブラー・ロス (著),
デーヴィッド ケスラー (著), 上野 圭一 (翻訳)
角川書店
ー内容(「BOOK」データベースより)
幾多の死に向き合い、自身も幾度となく死の淵を覗いた終末期医療の先駆者が、
人生の最後で遂に捉えた「生と死」の真の姿。
死にゆく人々から学んだレッスンの数々。
愛・喪失・力・罪悪感・恐れ・許し・幸福など、
人生が提示する14のレッスンとその意味を静かに語りかける、
心にしみる一冊。
ー 目次ー
「ほんものの自己」のレッスン
愛のレッスン
人間関係のレッスン
喪失のレッスン
力のレッスン
罪悪感のレッスン
時間のレッスン
恐れのレッスン
怒りのレッスン
遊びのレッスン
明け渡しのレッスン
許しのレッスン
幸福のレッスン
・・・・・・・・
ー以下はインターネットで調べた書評であるー
ー書評
一生のあいだには、学ぶべきさまざまなレッスンがあり、
とりわけ死に直面した人たちとともにいるとき、それを実感すると、著者はいう。
人生がわれわれに習得せよ と要求するレッスンを15にまとめている。
すなわち、「ほんものの自己」のレッスン、愛のレッスン、人間関係のレッスン、
喪 失のレッスン、力のレッスン、罪悪感のレッスン、時間のレッスン、
恐れのレッスン、 怒りのレッスン、遊びのレッスン、忍耐のレッスン、
明渡しのレッスン、許しのレッス ン、幸福のレッスンである。
たとえば、病気とたたかっている人を見ていると、自分とはなにかを知るためには、
「ほんものの自己」でないものをすべて脱ぎすてなければならないということが
分か ってくる。生の終局にあって、人は以前よりずっと純粋に、正直に‥‥
まるで赤ん坊 のように‥‥その人自身になっていくからだ。
「どんな人でも偉大さの萌芽をもっている。『偉大な』人物が、ほかの人たちの
もっていないものをもっているというわけ ではない。
『偉大な』人物はただ、最良の自己のまえに立ちはだかる余分なものを脱ぎすてて
いるだけなのだ。」
結局は、「ほんものの自己」のレッスンが、愛のレッスン、人間関係のレッスン、
喪失のレッスン等々のレッスンの根底にあるように思われる。
人間関係のレッスンでいえば、だれかとくべつな人がいなければ自分は無価値な
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04月16日(土)
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