ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1424, DVD レコーダー
感激で胸が満ちあふれた」
彼のような暗い感じのする男でも、認められということは
最大のこれからの作家生活で必要な事であったのだ。
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私の母の口癖は
「人を認めてあげなさい!だれもが認めて欲しいのだから」であった。
両親の呪縛があったとしたら、
「両親の期待を失望させてはならない!」。
両親の期待にこたえることであった。

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2002年02月25日(月)
342、20歳の頃ーある教授との出会い-1

この頃何を考えていたか、誰でもこの頃は大きなターニングポイントの時期であった。
土がたっぷり付いていた田舎の青年が、それを必死に振り払い
「自分に目覚め始めよう」としていた時期であったようだ。

キリスト教倫理の教授の「将来の自分の設計」というテーマを
休暇に与えられ、(生まれて初めて)真剣に考たレポートを出した。

その内容に対し心の入った文章の返事が書いてあった。
200人の学生に対し、これだけ長い心のこもった返事を書くものかと
感激をした。
それとも「自分の真心に対しての特別の返事」だったのか?
鈴木教授という名前と、
その授業が心のこもった内容であった事を憶えている。

私のその時書いた内容は、一ヶ月考え抜いた内容であった。
初めて第三者に自分の心情を真剣に書いた。
いや書かされたのかも知れない。

要旨は「両親の生き方」に対し姉兄はその激しさにしり込みをした。
そして安易な生き方を選んだが(商売人よりサラリーマンに嫁ぐこと
を選んだ)しかし自分は両親の生き方を求めていこう。
今になって特に「父の生きかた」に男として魅力を感じるようになった、
等々。

もしかしたら、「兄二人が20歳過ぎて不幸な死に方をしてしまった」
とも書いたかもしれない。

心のこもった返事とは
「その中で、よくぞ父の生き方を肯定をした。
そしてその生きかたを選んだ貴方にたいし心から賛同する。
貴方が自分自身で考え抜いて判断したことが素晴らしい!」
というな内容であった。

この時点で自分の行き方が変わったように思える。
いや決まったように思える。
もともと決まっていたのかもしれないが。

俄然それから目標がハッキリした。
「事業を起こそう!人と違った生き方をしてやろう!父が目標だ!」

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お笑い
ー下ネタコーナー

[男のさが]☆☆☆

ある男が交通事故に遭って病院にかつぎこまれた。
その男の怪我を調べて 医者が小声で看護婦に
「左半身不随になりそうだナ」というと、

男は、意識は混濁しているのに、イチモツを一生懸命、
右に寄せ始めた。

02月25日(金)
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