ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1364, M資金
そのプロセスでリースバックを思いつくが、バブルの時代に買い取り方式
に拘りすぎたようである。
現在デフレのフィッシャー効果の為、事業構造の転換迫られ
丁度手がけた矢先であった。

酒を飲んで多くの失敗を繰り返していたが、昨夜ついに暴走族と
長岡駅裏で乱闘、袋叩きにあって翌日死んでいるのを発見される。
誰も同情する人が無いのは、この人の生き方をそのまま顕している。
死を予感したのか、随想日記を997日分書き残したが、その最後に
皮肉にも「私の死亡記事」が書いてあった。
本人の目標の1000に、あと三日であった。

享年57歳。
葬儀、告別式は本人の希望でなし。


・・・・・・・・・
2001年08月13日(月)

[107] 「私の死亡記事 」
        ‐文芸春秋
図書館で何気なく借りてきた本だが、これが面白い!
各分野の有名人に「物故者の解説を、当の本人執筆という点である。」

 そのお願いの文章が、前書きになっているところがまた面白い。
よくこれだけの有名人が真面目に、あるいはふざけて書いているのがいい。
まず自分の死亡時期の設定、そして死亡原因、生前の業績を当の本人が書くのだから。
どちらにしても真剣に書いてあることは文面よりわかる。特に生前の業績に対しては

意外と自己正当化しているのが可笑しい。 

 −私も書き始めたが侘しくなってきた。死亡時期‐父と同じ71歳
(そうすると後16年の時間)
・死亡原因‐酒の飲みすぎによるショック死。
・生前の業績ー書くに値せず。
・葬式方法は葬式坊主に一円の金も払わないようにとの遺言の為に音楽葬
 ただし身内のみで。
近じか真面目に書いてみよう。
   
・・・・・・・・
 
「私の死亡記事
出版社: 文芸春秋
ーレビュー

新聞の社会面に載る「死亡記事」。
それが、本人自らの筆によって書かれたとしたら…。
そんな発想から書かれた本書には、細川護煕、岸田秀、田辺聖子、渡辺えり子ら
著名人102名の空想上の死亡記事が著者本人によって記されている。
味気ない客観的業績の記録や経歴だけでなく、著者自身の視点から見た、
これまでの強烈な生き様や輝かしい業績への途、これから築くであろう架空の人生、
希望あふれる業績(予定)の数々が、手紙や俳句など形式にかかわらず、
見開き1ページで著してある。
何より、墓碑銘や死の描写などの創作的要素が多く盛り込まれた各々の文章が
共通しておもしろい。
著者各人の自由発想によって、「これが自分らしい死に方である」というくだりが
ドラマチックだったり、失笑を買うものであったりと創造性豊かな死に様が
描かれているのだ。また、「海に遺骨を撒く」、「風葬にする…」など自分なりの
墓標を立てたいという希望が多く、その主義主張が興味深い。

しかし、「死」を読んでいるはずが、読むうちに執筆者の「生」を感じ取れるのは
なぜだろう? 自身の「死」を想定することによって書かれた各人の死亡記事の根底には、
これから続くであろう「生」への希望、今まで生きてきた「生」への悔悟、自身の「生」
に深くかかわった人々への思いが流れていることに読者は気づくに違いない。
本書は創作された「死」の物語として楽しみ、「生」を省みる機会を読者に
与えてくれる。(青山浩子)

出版社/著者からの内容紹介
筒井康隆、若者グループと乱闘し撲殺さる!
──阿川弘之、桐野夏生、妹尾河童、細川護熙、渡邉恒雄ら百二名が記した「自らの死」

ー目次

御挨拶(阿川弘之)
とうとう最後まで(阿川佐和子)
いまだ死せず(阿刀田高)
愛犬稟に何の便りもなく(阿部謹也)
友人医師の一言を鵜呑みにした末に(安部譲二)
絶版男、熊に食われる(嵐山光三郎)
「歩く百科事典」逝く(荒俣宏)
趣味は嫉妬(安野光雅)
じゃんけんで負けて俳句に出会ったの(池田澄子)
御挨拶(阿川弘之)
とうとう最後まで(阿川佐和子)
いまだ死せず(阿刀田高)
愛犬稟に何の便りもなく(阿部謹也)
友人医師の一言を鵜呑みにした末に(安部譲二)

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