ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1365, シンプルの勧め−3
以前にも何回か、シンプルの勧めを書いてきた。
服装に関して、昔の旦那様の粋な着物の着こなしについて書いた。

欧州を旅行していると、気づくことが服装のセンスである。
よく見ると、シンプルなのである。

基調は白と黒である。
白と黒のどちらかといえば、黒である。

他は、せいぜいベージュか、濃紺か、ネズ。
しかしデザインがよい、それもシンプルである。
それと、ネッカチーフとか、くづ下とか、カバンや、帽子などの色を変えて
ポイントにしている。

オカマのオスギが、銀座で服装チェックの番組がある。
家内が好きなので見ることがあるが笑ってしまう。
気取ってブランド物を身につけている人を片っ端から切り捨てている。
着こなしているつもりのブランド物のバランスがチグハグなのだ。
すべての人が、「コスプレ」そのもの、それもチンドンヤ以下である。

銀座で目立つブランド物を固めている人はコスプレ!と、
思ってウオッチングをして歩けば楽しいだろう。
「銀座の街を意識した、外見を繕っている世界のコスプレ!」
 は少し言いすぎか?
そう思っていれば、ブランド物など欲しくはなくなるはずである。

土人が西洋のブランド物を身につけても似合うわけがない。
まして、黄色人種はさらに似合わないのが解からないのが可笑しいのだ。

オスギが言いたいことはただ一つ、
「シンプルに、着こなしているかどうか」である。
定番的服装をまず着こなすことという。

一例をあげれば、
パリでよく見かける、何げない白のブラウスに、濃紺のタイトスカート。
これを何人が着こなすことができるだろうか。
定番的服装も着こなしができない人ほど、ブランド物に頼る。
よくスナックなどで見かける、やり手ブス風ブランドチャラチャラ女。

そういう視点で人生を見直すと、また面白いことに気がつく。
捨てて捨てて捨て去った時のシンプルさは、禅僧の生き方に見られる。
そこまでは極端としても、他人に惑わされているものを最小限度にすべきである。

一般には、死を宣言されて人生を振り返った時に、
無駄なことが何であったか、初めて気がつく。
人間関係もそうだ!

捨てて捨てて捨て去った時に残ったシンプルこそ一番重要なことだ。

但し若いうちは、せいぜい派手に、その時にしか着れない色彩をして、
多くのものを身に着けてみることも必要なことである。

ー以前書いた1,2と大して内容は変わりがないが。
自戒・反省のため、書いた。

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シンプルの勧めー2
−ワンプライス・ショップ

私の経営するホテルはワンプライスホテルである。
ホテルは値段を数種類にしておいて、繁盛時期ー夏期や連休や、
週間単位では火水木曜日に高い値段の比率をあげて売るのが常識であった。
それを一切無視してお客本意にしたのが当ホテルだ。

 スナックでも、時間制で3千円とか5千円という店がある。
九州の境内の土産物屋で、中学生がいっぱい入っている店があった。
1千円均一の店であった。修学旅行の土産物として中学生に一番手ごろの
千円に絞って品揃えをしてあった。
土産物屋でも業態が可能であったのだ。

 100円ショップもそうだ。
居酒屋で300円か400円の均一の店を出せばと思うのだが。
料理や酒すべてワンプライスにすればよい。おそらく多くある筈だ。
おでん屋もよいのではないだろうか。
今なら不況なので200円均一にして、ビールなら生ビールだけにして、
千円のセットー5品から出せばよい。
格安なセルフの讃岐うどん屋が流行っているが、これも100円ショップにすればよい。
素うどん100円、トッピング100円とか。

 すべての事にいえるのは「絶対に例外を認めない!」ことだ。
一つでも認めれば意味がなくなる。100円ショップで「200円コーナー」
をという誘惑にかられそうになるが。例外なく均一100円だからよいのだ。
値札をつける必要もないし、値下げの必要もない。ヘドロ商品は2個100円に

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12月28日(火)
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