ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6514,閑話小題 〜何かしら、嫌味なブログ脳になってしまった?
といっても、これはモンゴル人問題になるか。 …でも気が晴れるね。
大家さん: 朝青龍と白鵬が長年かけてつくり上げた「横綱アドバンティジ・
システム」が、露わになり、使えなくなったから、今までとは違うよ。
これは八つぁんが創った造語だけど、ズバリ言当てているね。
八つぁん: それでもやってくる可能性があるね。貴乃花の母親に手紙でも
出して、バラエティで10回、このキーワードを繰返せば、ポチとはいえ、
立合いの張り手を禁止条項にせざるを得なくなるね。
熊さん: 「横綱アドバンティジ」の実情を聞いて、白鵬と遠藤の立合いを
見てから、白鵬への見方が全く変わったよ。 大陸と島国の考え方、
体質の問題になるよ。開放したのだから…云々か、日本の国技だから、
島国用に合わせなければならないとか…。確かに難しいのは解るけど。
大家さん: 白鵬への大横綱とかいう特別視が無くなったのは大きいね。
新弟子からして誰も偉大な力士と思わなくなってしまったのは、本人に
とって衝撃さ。でも、その孤独こそ、最も大事なことだが、その自覚は、
逆上せガエルになった当人には、土台、無理だろうね。
八つぁん: 今場所は、色いろな面で面白いだろうね。大鵬の孫もデビュー
するしね。ところで、先日、元・琴欧州が開いた小部屋のブルガリア人
の新弟子のドキュメントを見たけど、一人の新弟子の稽古の激しさが
直接、伝わってきたね。土俵の中でのド突きあい、殴りあいだね。
あれじゃあ、強くなるわけだ。
大家さん: 私も見ていたが… 他の部屋の幕下力士が「御前は気が弱い!」と
注意していたのが、本人には堪えたようだね。「自分は東欧から遠来して
いるだけでも気が強いはず。何で気が弱いと言わなければならないのか!」
と…。 幕下力士は、「気が弱い」と、「気が優しい」の言い違いを
していただけ。気が優しいのは、気が弱いとは、違うのさ。
熊さん: こういう問題があるからこそ、面白いんだよ。白人、赤、茶色の
人種が肌の色を超えて戦うからさ。俺も、哲学的になってきたね。
・・・・・・
4687, エッセイ力は人生力 ー2
2014年01月13日(月)
「60代からのエッセイ教室」木村治美著
* エッセイを書く目的と、日記との違い
ーまずは、その辺りの抜粋より
《 あるエッセイ教室の作品集を読んでいたら、はからずも、エッセイを書く
目的を端的にいい当てた文章に巡りあった。その文章は創刊号であるためか、
おのおの、自分の作品のあとに、小さなコラムで、なぜこの教室に入って
エッセイを書くようになったかの動機を綴っている。ひざ思わず膝を打ちたく
なったのは、つぎの一文であった。「エッセイを書こうと思うようになったのは
十年前のこと。それまでは、日記に思いを記していた。心の重荷をおろすように
書いていたが、後日、読み返すと、もっと心が重くなった。物事の見方、人の心
の動きを観察することで、誰が読んでも傷つかない文章を書きたくなった。
きれいごとのとらえ方ではない。考えることで、自分を成長させたい」
ここにはエッセイが日記と異なる点が、自分自身の体験から、明確に意識
されている。感動的ともいいたい鋭い「気づき」である。エッセイには自分自身
がどこかに登場していなくてはならない。しかし難しいのは、書いている自分と、
書かれている自分との間に、距離をおくことである。自分を他人のように
客観視すること、といい直してもよいだろう。日記ではこの客観化がなされ
にくい。恨みも痛みもドロドロのまま流しこむ。恥も外聞もなく。どうせ自分
以外に読むひとなんていないのだから……。しかし、「後日、読み返すと、
もっと心が重くな」るのはなぜだろうか。日時がたったことで、やや他人に
なった自分が読むからである。おそらく、書いたのが自分であるだけに、
ヘドが出そうになったであろう。自己嫌悪である。そこで、「だれが読んでも
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01月14日(月)
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