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堀井On-Line
by horii86
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■4869,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー37
「できるだけ苦しめて地獄を味あわせる」と同じ意味になる。そうこう考えると早々と死ぬのも、ひとつの選択になる。
末期ガンで早々逝くも地獄、医療で死に損なうのも地獄。 このところ、中学、高校の同級生がガンや自殺で亡くなったが、
著者の見方によれば、これは生、老、病、死の苦しみを最小で済ませた幸運の持主。老いて逝くのも大ごとということ。
そうこう考えると自殺も選択肢の一つになる。そういえば、図書館で断食で自ら命を断つプロセスを事細かく記録した
文庫本があった。食を断つのは自死かどうかだが・・ 元気なうちに何?を用意しておくのも必要なことかも。
死ぬのは、生きてきたのだから仕方がないが、問題は死際の精神的、肉体的苦痛である。
やはり生きているうち今を充実させるしかない。「 今ヨリナキニ 」である。それと、
「今日という日は、残された日々の最初の一日」と、思い味あわなければならない。 地獄の瀬戸際で何をみるのだろうか?
幸せだった日々に感謝しながら、両親に両側を挟まれ光の中、消えゆくイメージを瞑想で中で創れるかもしれない。
死際の準備も、この著書にシッカリ書いてある。 次回になるが、なかなか含蓄がある。 母親は痴呆症になる前に、
全て準備をして私に託していった。本当は還暦前にしておくべきことだが、今でも遅くはない・・ 何事も準備である。
・・・・・・
4128, ヨガとは何?という素朴な疑問
2012年07月14日(土)
スポーツジムのヨガに参加して4ヶ月になる。‘スロー’ヨガというから初心者向けだが、腰痛持ちもあって少し厳しい。
定員50人に、平均40人位が参加している。男性参加者が10名位で、片隅で目立たないようにしている。 その中、時どき
先生がヨガの説明をする。先日の内容は、「ヨガは瞑想法の一つ。無念無想になるために呼吸法と、色いろなポーズを取ることで、
そこに気持ちを集中して、頭を空ッポにするためのもの。従って、ヨガが上達したとか、しないとかは気にすることはない」という。
なる程!いいことを言われる。週二回、4ヶ月経った印象は、「腰痛解消のために病院で集団治療をしている感覚。」腰には良いが、
少し痛みが残る。それでも合計33回、ヨガを続けてきた成果が出始めてきた体感はある。 数十年かけて固まった足腰が、
徐々に解けているのがポーズの積み重ねで実感する。 ー そこでヨガの意味をネットで調べてみた ー
≪ ◇ ヨーガの意味と起源
ヨーガの起源をたどると、紀元前二千五百年程のインダス河流域のハラッパやモヘンジョダロなどの遺跡から、ヨーガの坐像の
印形が出土していることから、その頃を起源としているようだが、実際に「ヨーガ」という言葉が宗教用語として確認されているのは
紀元前五百年前後のベーダンタ時代で「ヨーガ」とは「馬を車体につなぎ、その馬車をコントロールして、道をはずさず、人生の目的地へ
行くこと」を意味していた。 カタ・ウパニシャッドでは 「真我(アートマン)を車主、肉体を車体、理性を御者、意志を手綱と心得よ。
賢者たちはもろもろの感覚器官を馬と 呼び、感覚の対象を道と呼ん でいる」と述べています。このことから「ヨーガ」とは、馬を車に
「つなぐ」が語源であり、意味するところは「結ぶ」「コントロールを する」「バランスをとる」との意味をもってきました。
又、少し遅れた同時代には釈迦族のゴータマ・シッタルダが悟りを開き、仏教がスタートしています。このお釈迦様も二十九歳の時、
王宮から出家して山野で六年間修行された後、ブッダガヤで瞑想し、悟りを開かれたのですが、その間、瞑想をしたり、断食をしたり、
野山で遊行した修行が、まさに当時のヨーガそのもの。その生きたお釈迦様の実際に語った言葉を、後に弟子が書き残したと云われる
「ダンマパダ(法句経)」の中にも、「ヨーガ」という言葉が語られています。「まさに智はヨーガより生じ、ヨーガなくして智は滅ぶ。
その道理を知りて、ヨーガを行じ、智を増大せしめよ。」「智」というのは、物事を分析するだけの知識(分別知)ではなく、知に日が
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07月14日(月)
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