ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4865,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー33
ほとんど「自然死」はないっていいでしょう。また、医者の方も、何もしないことには耐えられないでしよう。
しかし、それは、穏やかな死を邪魔する行為なのです。ですから、殆んどの医者は「自然死」を知りません。
人間が自然に死んでいくのを、見たことがありません。だから死ぬのにも医療の手助けが必要だなどと、いいだすのです。
「死」という自然の営みは、本心、穏やかで安らかだったはずです。それを、医療が濃厚に関与することで、より悲惨で、
より非人間的なものに変貌させてしまうのです。世の中で、一番の恐がりなのは医者でしょう。それは悲惨な死ばかりを
目のあたりにしてきたせいだと思います。・・・ がんでさえも何の手出しもしなければ痛まず健やかに死んでいきます。
 以前から死ぬならがんに限ると思っていました。近年、年寄りのがんの自然死を70〜80例みて、確信に変わりました。
繁殖を終えた年寄りは「がん死」が一番のお勧め。「手遅れの幸せ」を満喫するには、「がん検診」や「人間ドック」など
受けてはなりません。病院通いが多いのは、医者たちが、「健やかに老いなければなりません」と洗脳してきたせいもあります。
今、年寄に対する、重圧は、かなりのものは、健康食品やサプリメントの売れ行きをみれば分かります。本来、年寄りは、
どこか具合の悪いのが正常なのです。不具合のほとんどは老化からがらみですから、医者にかかって薬を飲んだところで、
すっかりよくなるわけはありません。昔の老人のように、年をとればこんなものと諦めることが必要です。ところが、
「年のせい」諦めようとせず、「老い」を「病」にすり変えます。 なぜなら「老い」は一方通行で、その先には、
「死」がありますが、病気なら回復が期待できますから。人は、生きものである以上、死ぬという運命は免れません。
最先端医療といい、再生医療といい、所詮、「老いて死ぬ」という砕内での話です。年寄りは、あまり近づかない方がいい。≫
 ▼ ‘まえがき’の一部だが、これが概要である。これを読んで、さっそく、『どうせ死ぬなら「がん」がいい』という
  近藤誠と著者・中村仁一の対談集を買ってきた。まだ目を通した段階だが、多くの共通点がある。上記の‘まえがき’
  の内容である。ガンには良性と悪性があって、悪性は、どのみち助からない。それを延命するのが果たして当人に
  良いのだろうかという素朴な疑問がある。裸の王様ではないが、誰が声高に主張するかだった。それを放射医と、
  特老の配置医が公にしたのだから反響は大きいの当然である。この本も特老の医師という視点で、壮年以下の年齢の
  人には当てはまらないが、参考にする部分は多くあるはず。根底から私の先入観を覆す内容である。そういうこと!
・・・・・・
4124, 老後の備え
2012年07月10日(火)
             「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著  ー�
  * 老後の備え ーあってもなくても、虚無
 学生時代に社会学を専攻した。社会といえば人間の集団をいう。個々にみれば人間学ということになる。人生とは、
その人間の始まりから終わりまでをいい、老後は最後の2割ぐらいの時期。その備えを人生の半ばの中年期から如何に
準備するかを問うているのが、この本。 その時々に、やるべきことを明確にして全力で生きれば老後の備えなど考える
こともないが、とはいえ、長年かけた準備は必要である。 私の場合、何度も書いているが
、「50歳代の10年間に30年分の人生を生きること」が人生の最終の備えの仕上げであった。
この御陰で60歳になってから、精神的に非常に楽になった。し残したことが少ないという実感は他人に対しても自分に
対しても余裕を持てる。40年近い事業人生は常に最悪の事業破綻の心配が纏わりついてきた。その恐怖感が逆に
リスク管理をさせることになった。 倒産すれば全て失うし、失業保険もないし、退職金もない。まる裸になってしまう。
その危険の海の中でこそ智恵が出てくる。しかし、想定外の事態が起こるのが事業。その事業破綻の備えは人生の備えと

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07月10日(木)
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