ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4851,「事業人生を決心して45年」の語り直しー21
主旨である。 怒りこそ感情の主。逆に人間関係を一瞬に破壊してしまう薬にも毒になるしろもの。
そこに作法が必要になる。
ここで、アリストテレスの「怒りは、しばしば道徳と勇気の武器なり」という言葉を紹介している。
《 それはまさに「正しく怒る」ことである。「怒らないこと」でなく、「正しく怒ること」が大事ということ。
アリストテレスの「中庸」という思想を見ると、このことがわかる。中庸とは最も望ましい状態のこと。
怒りに対する「穏和」を意味する。つまり、然るべき事柄に対し、然るべき人に、然るべき仕方で、然るべき時に、
然るべき間だけ怒る。これが賞賛すべき怒り方であって、こうした怒り方の出来る人を穏和の人という。
怒ることは、必ずしも悪いことではない。しかし、現代人は怒ることを出来るだけ避けようとする。
もっと怒るべきなのに。(p3)》
以前は、今に比べれば、穏和に怒ってくれる人が多かった。でも現代は違う。怒りを抑えることが
良いとされ、それが沈殿してしまう。そして爆発し全てが破壊する。 怒らないって、本当は恐い。
・・・・・・
4110は、私が "日本の自殺"ー10完全な本を作った
2012年6月26日(火)
「極端な平等主義を自殺のイデオロギー」とするなら、情報化が正に平等意識をもたらす働きをする。
日本の民主主義は戦い勝ち取ったのでないため、公平と平等の見境がつかないのが実情。
社会主義は、理念として極端に求めた結果、集団自殺の道をまっしぐらに歩む結果となった。
社会主義圏の崩壊である。競争による優勝劣敗のシステムは組み込まれていなけらば進歩は
無くなってしまい、その結果として悪貨が良貨を駆逐することになる。その辺の没落の歴史は、
正直に歴史の中に現れ出ている。
* 自殺のイデオロギー
ー次の部分は、現時点の惨状を予測した「自殺のイデオロギー」である。
【 諸文明の没落の歴史を辿っていくと、我々は没落の過程で必ずといってよいほど不可避的に
発生してくる文明の「自殺のイデオロギー」とでも呼ぶべきものに遭遇する。それは文明の「種」
により、また時代によってさまざまな形をとってはいるが、それらに一貫して共通するものは極端な
平等主義のイデオロギーである。この平等主義のイデオロギーは、共同体を解体、社会秩序を
崩壊させ、大衆社会化状況を生み出しつつ全社会を恐るべき力で風化し、砂漠化していくのである。
まずわれわれは、戦後「民主教育」のなかにひそむ「自殺のイデオロギー」を平等主義の観点から
吟味することにしよう。日教組イデオロギーに代表される戦後「民主教育」は、差別反対、人間平等
の名の元に、実は画一主義と均質化を教育の世界にもたらした。 生徒の成績表に「オール3」を
つけたり、「オール5」をつけたりする教師や、成績をつけるという行為自体が人間差別に
つらなるとして学籍簿への記入を拒否した「民主的」教師たちの行動は、ある意味、戦後
「民主化教育」のイデオロギーを最も単純な形で表現したもの。「オール3」教師や「オール5」
教師は、臆面もなくこう言ってのけたものだ。「人間は全て平等である。 出来の悪い生徒が
できるのは社会に責任があり、社会が悪いからで子供には何の責任もない。
子供は皆同じように努力したのだから、全部同じ点をつけるのが正義である」と。
人間の能力は決して規格品のロボットのように平等にできているものではない。
人間はその顔形と同じようにまさしく千差万別の多様な才能、資質を持っており、それこそが、
人間社会の素晴らしい魅力と活力を生み出しているのである。最も人間的な教育とは、
このそれぞれの子供が持っている多様な個性を思う存分伸ばしてやることを大前提と
しなければならないはずである。・・・ 】
▼ アメリカによって与えられた日本憲法と、民主主義の矛盾が、現在の日本の自滅の原因に
なっている。 フランス革命が掲げた自由、平等、友愛の近代市民主義の諸原理で、自由を優先に
すれば平等が無視されるし、平等を優先にすれば自由を制約せざるをえなくなる。
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06月26日(木)
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