ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4816,尊厳死は必要か ー2
ないかとわたしは思っていたのだった。だが、世の中にはまことに嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々の感覚は
すぐに麻痺してしまうのに、不快なことや苦しいことにはちっとも馴れが生じない、という法則である。不快なことや苦しい
事象は、砒素や重金属のように体内へ蓄積し害を及ぼすことはあっても耐性はできないものらしい。
 だから老人は諺屈していく。歳を取るほど裏口や楽屋が見えてしまい、なおさら難儀なものを背負い込んでいく。
世間はどんどんグロテスクになっていき、鈍感な者のみが我が世を謳歌できるシステムとなりつつある。・・・
 いずれ私たちもこの世界を置き去りにしてどこかに消え去っていく。ならば世界と一緒に置き去りにしていくグロテスクの
連中を「肯定的で寛大な心」を無条件に示してやるのもひとつの見識かもしれない。・・・ ≫
 ▼ 老いへの不安に身体能力の衰えや、寝たきりや痴呆で他人の世話を受けなければならない状況、要は弱者に追い込まれる
  不安がある。さらに言えば、今までは別ものと思っていた老人へ変わっていく自分への恐怖。それを受け入れまいという
  屈折した気持ちが、何処かにある。そこに不快感と苦悩が蓄積されていく。それが老いるということ。老いを楽しむなど
  ほど遠い。だから、孤独な老人になっていく。だから早いうちに、その孤独の別室を準備しなければならないのである。
・・・・・・
4075, 哲学で自分をつくる ー3 (ソクラテス)
2012年05月22日(火)
             「哲学で自分をつくるー 19人の哲学者の方法 」 瀧本 往人 (著)  
   * 知ったかぶりするな! ばか
  第一章  しったかぶりはもうたくさん 〜ソクラテス 
        ――「無知の知と魂の鍛錬」――    
≪ 自分のことは自分が一番よく知っているというが、本当にそうだろうかと2500年前に問うた人間がいた。ソクラテスである。
 彼は一切、書物を書き残さなかった。ただひたすら人々に問いかけ、納得のいく議論を仕掛けた。 自分自身を知るためである。
 その自分自身を知ることは「無知の知」から始まる。何も分かってない自分を知ることである。 ソクラテスは「無知の知」
 「魂の鍛錬」がキーワードになる。彼は、哲学の生みの親である。確固たる哲学の約束事のない中から哲学を作り出していった。
 彼の問いかけは、多くの人々の心、魂を強く揺さぶった。しかし、当時、弟子を除けば、偏屈者としか理解してもらえなかった。
 お前は無知だと他人から言われれば、不愉快に思われて当然。しかし、ことの発端が、当時のギリシャ人が奉っていた神が、
 「ソクラテスがアテネで一番の知恵者である」というお告げを出したことである。そこで彼は、「こんな馬鹿がなぜ一番の知恵者か、
 間違いではないか」と考える。そこで、世間で知恵者といわれている人たちに多く会ってみる。彼らは、確かに知識、技巧、才能はある。
 それは凄いが、それが何であるかの理屈がない。その根拠や意味が説明できないと、ソクラテスは考えた。説明できないなら、
 「知恵」がないに等しい。ソクラテスは、彼らほど何かを持っていないのに、一番の知恵者といわれるのは、自分が何も知らない
 ということを知っているだけ。彼らから知恵を学ぼうとしたが、彼らは何も知らないといえない。ソクラテスは彼らより風通しの
 よいところにいて、なぜと問うことができる。どうも、その辺が違うのではないかと考える。それまで似たような理屈をこねる人々は
 ソフィストと呼ばれていたが、彼らが追求していたのは「弁論術」と呼ばれていた。自分の意見で相手を説得することを目的にしていた。
 どうも、それとは違う。「たえずそれが何であるかを問い続けることが大事なのである。これが「知を愛する」、つまり「哲学」と考えた。
 それを公衆の面前で行ったため、結果として相手をやりこめることになった。それゆえに、相手から憎しみを増す結果となった。 ≫
 ▼ 相手の無知、いい加減さをつけば、相手は不愉快になる。その相手の怒りの感情や圧力に耐えて、その先にある真実を

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05月22日(木)
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