ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4795,「消費される物語」 ー4
 前期高齢者になって丸二年になる。丁度、会社も無くなり、年金暮らしに入り、丸裸の自分に直面、そこで改めて
自分の年齢に驚いている。まず気持ちが年齢についていけない。まだ50歳半ばというところ。
 数年前に親戚の法事に出たが、宴席で80歳位の人の愚痴が始まった。「後期高齢者という命名が人を馬鹿にしたようで
気に入らない」「免許書換えで、返納を考えるように暗にいわれた」とか。そこで、年寄りの愚痴ほど周囲を不愉快にする
ことを教わった。私の両親の愚痴を殆ど聞いたことはない。 肉体の衰えが精神に転化し顕れるのが愚痴。スポーツジムに
毎日通って腰痛は軽くなったが、何かしらイライラする頻度が多くなった。さしあたった心配事がないこともある。
 「前期高齢者」「後期高齢者」という命名は確かに失敗。例えば前期を「グリーン高齢者」、後期を「プラチナ高齢者」
ぐらいにする心遣いも必要である。歳を重ねるたび身体は重く、気持ちは暗くなり、身内や身辺の悪口、あら探しの
度合いが強くなるのが老化のようだ。 他人をみると分かるが、自分になると自覚できない。それもあるから年寄りは
意識して明るくなければならない。それと自立が出来てなかった人ほど老人の甘えが強い。 政府が音頭をとって、
地域自治体に「お年寄りの心得」とかいうセミナーの聴講を義務づければよい。 私など最も手のつけられない偏屈老人に
なりそうだが・・ 日本は世界の名だたる長寿国になったが、それに備える知識教育はされてない。 その以前に、
自立と教養の問題に行き着く。 御隠居学とか、余生の過ごし方のようなノウハウ本には、長年かけた準備が必要とあるが、
今日明日、そう簡単に良い老人への変身など土台無理の話。そこで、せめて「明るく自立した生き方を目指すべき。
老人になると、人生で培ってきた要素の格差が大きく出てくる。老いていく自分を自虐的に鳥瞰するのも面白いもの!
  ー たまたまだが、以下の内容が、丁度つながる。
・・・・・・
4054, 吹き来る風が私に云う
2012年05月01日(火)
  ー 帰郷 ー   中原中也
柱も庭も乾いてゐる 今日は好い天気だ
縁の下では蜘蛛の巣が 心細さうに揺れてゐる

山では枯木も息を吐く あゝ今日は好い天気だ
路傍の草陰が あどけない愁しみをする

これが私の故里だ さやかに風も吹いてゐる
心置きなく泣かれよと 年増婦の低い声もする

あゝ おまえはなにをして来たのだと・・・
吹き来る風が私に云う
  ーー
 この最後の二行が、現在の自分の心?でもある。 自分だけでない、晩年の人間から湧き出る言葉。
「あゝ、おまえは何をしてきたのだと・・・吹き来る風が云う」 ったく!お前という奴は!と、まともに人生を生きてくれば、
この言葉が出るのが自然。 秘境ツアーで、平々凡々に生きてきた人が病気で突然、死に直面し慌てて人生の余白を埋めに
来た人に出会ったことがある。 死線を彷徨った手術の後、壮大な景色に感動して夫婦して肩を抱き合い泣いている姿も見た。
ネパールで遠景のヒマラヤ連峰が一望できる丘であった。 パタゴニアでは初老の婦人が何気なく、「親のいう通り生きてきたが、
ハッと気づくと、先が無い。 私の人生で何もしてこなかった。このままでは死にきれない。この旅行は、その穴埋めにきた」と、
道すがら語りかけてきた。「・・・吹き来る風が云う」声で追われるように旅立ってきて、そこで何を感じたのだろう。 
 実は、この矛盾こそ実在。 生きてきた証である。 エッ 証文が束になっている? 誰? ただ飄々と風がふく。
 ・・・・・・・・
3688, 自己を見つめる −11
2011年05月01日(日)
           「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著)
  愛の不在の人=肉親の愛情に恵まれなかった人を見抜くことは難しい。 両親の仲が悪い子供には往々に多いが。
 愛の不在の人は普段は分からないが、節目時に、それが表面化する。 人への憎悪と呪いが、そこで爆発する。
 これは誰々という訳でなく、全ての人の心の奥に巣くっている。 節目時は、傷ついている場合が多い。

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05月01日(木)
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