ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4775,ぼんやりの時間 ー8
自分の俳句についてしゃべらなくて、人の意見を聞いている人が、うまくなるっていうか、俳句向きだと思います。
天野 主体性のない人がいいんですね。
坪内 そうです。無責任で主体性がないんでいいんです、できるだけ(笑)。
天野 自分ってものを、強調したがるような人は……。
坪内 それはもう、あきらかに短歌の人です。短歌は最後の七七で、自分の言いたいことが言えるんですよ。
俳句には、その七七を言わない醍醐味というのがあります。
天野 そうか。これは短歌じゃなくて狂歌ですが、「世の中に金と女は仇なり早く仇にめぐり会いたい」というのが
ありますよね、これも、言いたいことは最後の七七ですもんね。
坪内 俳句だったら、最後の七七はいりません。 ・・・(略)
天野 言いたいこと言わないなんて、欲求不満になりませんか。
坪内 そう思うのが、こしあんの人の特色なんじゃないですか(笑)。俳句的つぶあんは、言いたいことを言う欲求より、
自分の言葉を他人がどう読むか、っていうほうに欲求や興味がいくわけです。
天野 じゃあ俳句は、こう見て欲しい、感じて欲しい、こう解釈して欲しいっていうのは、表には出しちゃいけないんだ。
坪内 いけないってことはないけど、出さないほうが俳句らしいでしょうね。
天野 お話を聞いているうちに、「三月の甘納豆のうふふふふ」がなんだか、これまでとは違うふうに思えてぎました。
なるほどねえ。今日、帰ったらさっそく俳句、つくってみようかな。・・・ ≫
▼ 「俳句は、ひとりきりで捻っていく人はうまくならない。それは自分を読者にしていまうから」に、ドキッとした。
句会では、たいてい作者名を隠す。それで非難されて恥ずかしいと思ったら句会に入れない。恥をかくから上手くなる。
この随想日記、だから公開しているが、あくまで自分中心。 毎日、書き続けていると、誰かの嘲笑を独り感じる。
そこで、馬鹿丸出しを曝してよいものか?迷いが出る。しかし、人間には露悪趣味が心の隅にある。露悪とエゴと
無知を偽善で包んでいるのが人間の本来の姿と思って開き直るしかない。私が短歌を書いたら、ほぼ狂歌だろう!
母の短歌より: 窓の下 逆巻く波のはげしくて わが生涯の縮図の如し: 大仕掛け 空を焦がして彩どれば
中天の月いろを失ふ: 若き僧 煙草の吸いがら 投げ捨てぬ 早朝のホーム 一点のしみ: 青き田の
水に浮かべる没つ日を 絵心あらば 描かむものを: ものかなし 豆腐屋の鈴流れきて 秋の夕暮足はやに来ぬ
・・・・・・
4034, 幸福になるための五箇条
2012年04月11日(水)
「幸福になるためのソフト」の五項目 ー中川昌蔵
「今日一日 親切にしようと想う。」
「今日一日 明るく朗らかにしようと想う。」
「今日一日 謙虚にしようと想う。」
「今日一日 素直になろうと想う。」
「今日一日 感謝しようと想う。」
「以上のことを、実行してはだめです。意識して実行すると失敗します」。意識するとエゴがでてしまいます。
そういう想いが、いつも体の中にある人間になるのが一番いい。 潜在意識に刷り込むのが良い。
▼ 老齢とは、この逆になっていくことをいう。「しようと想う;なろうと想う」が良い。パソコンかトイレに貼っておくと良い。
「今日一日、しん(親切)、めい(明るく)、にかけ、謙虚に、素直に、感謝しようと想う」と憶えればよい。
・・・・・・・
3668, 節目どきに ー3
2011年04月11日(月)
これまでと違う日常に入って、10日になる。もっと、その変化に違和感を感じるかと思いきや、それが全くない。
恐らく10年以上、一日2〜3時間を集中し、蓄積してきたこのHPのためである。事象の変化に対して、脳の外部化した基地が、
ここにあるためだろう。 ある人に「HPに偉そうに書いているが、現状のその様は何だ!」と、酒席で言われたが、その通り。
その時に「少なからず経営に携わっている限り、赤裸々に曝け出すブログを書くのは如何なものか」と、他の人から忠告された
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04月11日(金)
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