ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4772,ぼんやりの時間 ー5
 ここで、「人生はカマボコ形グラフ」とあるが、そうかもしれない。右下がりは以前、還暦だったのだろうが、今は古希か。 
体力からみると、私は古希が目安。リタイアーをした後、スポーツジムに連日通いだしてから足腰は寧ろ、強くなってきた。
知能も、バイアスが取れてきた分、これも良くなった?ようだ。とに角、面白い。 
≪ 谷川: うん、それもあるし、ぼくは幼児に戻れるというふうに思っています。われわれ世代は高度成長の時期と
 重なっているからか、人生についても右肩上がりのグラフで考えるくせがついていたんですよね。
 けれど、やはり母の介護を経て、「老い」ということを身近に考えるようになって、鶴見俊輔さんらがいうような
「人生はカマボコ形グラフ」なんてことが、実感としてすごくよくわかるようになった。ある程度上がったら、
 下がっていくのが自然なんですよ。それはさっき言ったように自由になったり、解放されたりすることも含めて。
天野: 下降ということは、嘆くばかりのことではない。
谷川: そう、人間の加齢を考えるとき、樹木の年輪にたとえて考えるのがわかりやすいと思っています。
 中心に0歳の自分がいて、一歳、五歳……とだんだん経験とともに年輪が増えていき、いちぽん外側に現在の自分がいる。
 だから、どんな年齢の老人のなかにも、0歳や三歳の幼児がいる。これは心理学でもそういう考えがあると思うんです。
 そして、働き盛りの中年期を経ったら、今度は積み重ねてきた年輪が一枚一枚、はがれていく。つまり年をとればとるほど、
 中にもともといた自分、幼児の自分に戻れるのではないかというのが、持論です。
天野: なるほど。年輪となる厚い木の皮は、たんに経験ではなく、社会的な制約というようなものでもあるんだ。
谷川: 中年期のひとだって、本当は幼児の自分を持っているわけです。そしてその部分は、本当はもっと自由になりたいと
 いつも思っているはずなんですよ。われわれのように詩を書くような人間は比較的自由に幼児の部分を出せますが、
 会社組織のなかにいると、そうもいかないでしょう。だから会社が終わって飲み屋さんに行って、ママさんに甘えるという
 かたちで幼児性を解放しているんじゃないかと、ぼくはそうにらんでいます。
天野: なるほど(笑)。つまり幼児化、宇宙人化は、もともとできたことが下降したり変質したりするわけではなく、
 むしろ、 自然な姿に戻っているということですね。≫
▼ 「加齢を樹木の年輪にたとえて考えるのがわかりやすい」というのが言いえて妙。一番外の厚い皮が社会的制約、も面白い。 
 その樹皮を外してやるのが御隠居の第一歩。一度外すと、「遠き日は 年とるごとに 近くなり」になっていく。
 振りかえると、してしまった後悔と、しなかった後悔がある。後悔あとに立たず、だが・・ 解放され自由になるのは良いが、
 それを楽しめないと重荷になってくる。 私の知る限り3分の2。何故解る?顔に出ているもの。せめて楽しいふりをしたら。
・・・・・
4031,「人生の知恵」ノート ー3
2012年04月08日(日)
 ー 品格と、自分を高める言葉のノートより A ー
   * 人間的側面見せすぎない
 あまりに人間的と見られれば、軽く見られ尊敬を失う。グラシアンは、「中身が少々足りなくても、重々しい雰囲気を
 出せれば尊敬を集めやすい」という。軽々しさは尊敬を失う。人は浅はかな者ほど人をバカにしたがる。バカに隙をみせるな。
  * 余計な関わりは最小に
「人に干渉しないだけではダメで、人からも干渉されないこと」が原則。そのために「余計な関わりは最小に」。
   * 人との距離を一定に保つ
 苦境に陥ったときは同伴者がいることが大きな慰めになる。溺れる人を助けようとして、自分まで溺れることはない。
「星は空高く輝いているからこそ、まばゆい存在。 非凡であるには、節度が必要。なれなれしくしないことだ。
   * 賢者ならどうするか?
「幸運を選び、不運を避けよう。不運はたいてい愚かしさの罰として与えられる。どんな小さな災いにもドアを開いてはいけない。

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04月08日(火)
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