ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393363hit]

■4759,挫折と悲哀こそ、人生のパスポート!
新学期になってクラス替えがあり、新たな顔ぶれの中、授業が始まり、梅雨がきて、試験があり、やっと夏休み、・・・と
長い日課が延々と続いた。それが、今や、アッという間に一年が経ってしまう。 それが今では、先は残されてないのに、
思い出すのは嫌なことばかり。以前は考えなかった、「何のために生きているのだろう?」という問いが、浮かんで消える。
そこではマイナスのフラッシュバックが次々と出てくる。
 私たちは自分の時間割を帯グラフで割り振るようになっている。4時起床、そのままパソコンに向かい随想日記の書き上げと
アップロード。6時過ぎに信濃川沿岸へポタリング。7時半、食事。8時風呂。9時から読書と随想日記の下書き等々、
帯グラフに従って一日をこなしていく。そこに、チャリ、パソコン、スポーツセンター、読書さえ、マシーンが介在する。
どれもこれも便利で快適だが、これに適応出来ない人にとって、大きな格差が出る。周りをみると、同世代にiPad、
iPod、パソコンを使いこなせない人が意外と多い。それでもタブレットPCが普及始めたので解消してきた。
 ラーメン屋の行列で待つ、新製品の発売を店の前で待つなど、「待つ」ことが、レジャーの要素の一つになっている。
待つというのは、「間」があるということ。その間は、空白である。元もと私たちは空白に漂う陽炎のようなもの。
それが本来の姿ではなかろうか。生れて死ぬまでの間、それが生きるということ。その間で、たっぷり間を持つことも
大事ではなかろうか。それにしても時間に、いや、空白に恵まれていた。「待つ時間が人生の大半を占めていた」とはね!
・・・・・・
4018, シングルイン、31年間の総括 ー1
2012年03月26日(月)
    準備期間、一年を含めた31年間の総括をする。
 * 新潟駅前の事業 ー準備期間1980年3月1日〜、開業1981年3月31日、閉鎖は2011年3月30日。 まる31年。
 * 新潟駅前で4棟、駐車場一箇所、客室数500室。
 * 新潟駅前のホテル等の総投資が32億。 
 * 創業時の自己資本が2億。借金残債が、10億だったので返済額が20億円。
 * 営業利益が赤字になったのが最後の年だけだったので、勘定足って銭足らずの典型。
 * ホテル営業30年のうち、上り坂が当初10年、次の10年が緩やかな右下がり、2001年の9・11テロから
   4年かけて売り上げが三分に二に激減。 さらに2008年の9・15のリーマンショック以来、二年半で半減。
   11年前の9・11テロから三分の一まで減少。 東北大震災で、さらに2〜3割減が予測された。
   破綻の直接原因は9・11テロと、リーマンショックの売上が65%減。 東北大震災は最後のとどめ。
 * 取引先への負債は20日締めの月末支払いを終えた後のため、ほぼゼロ。事務所、自宅への債権者の電話、押しかけゼロ。
 * 最後まで残った役員と管理職の退職金は、当社退職規定の65〜95%の支払い済み。(国の補填3百万も含め。)
   役員は、役員就任時に一度、退職金払い済み。
 * 会社関係の5つの物件は三ヶ月で完売。 しかし一つがキャンセル。 それも、半年後に売却。
  ( 弁護士曰く、「銀行も、ここまで早く売れると思ってなく、慌てていた」。
   自画自賛になるが、千葉、長岡で手がけたビルは、売り出すと同時に即売。 設計の中に売却前提で計画してあるため。
 ▼ この事業の結果に対して、後悔も、未練も一切なし。 三つの経済・自然災害が直接原因だが、本来、土地を仕入れ、
  借金をしてする事業ではない。そのことに10年で気づかなかったこともある。それと、情報化で、ビジネスのあり方が
  変わってしまった。数日かかった出張も日帰りで済むようになってしまった。 結果から、バブル崩壊直後に売却が理想。
・・・・・・
3652, 地震 ーつれづれに ー12
2011年03月26日(土)
  * 外国人が大挙して帰国、 そして身近に避難民が! 
 日ごと、原発の放射能の起こるべきマイナーの影響が一つずつ、現れ出てきている。

[5]続きを読む

03月26日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る