ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4757,閑話小題 ー今場所は、面白かった!
1〜2年スパンでは、イランの核施設へのイスラエル攻撃。それと欧州危機と破綻か、分裂か、朝鮮戦争の勃発あたりか。
地震か富士山噴火も考えられる。「まさか」だから、こう書いていること以上のことが起こるはず。10年前に、現在まで
舞い降りてきた黒鳥を想像できようはずがない。 昨日、シネマで「相棒」の劇場版をみてきた。《殺人事件の背後に、
官僚と政治家による銀行閉鎖の「X−day」のネット上での暴露が隠されていた・・・》というリアルな脚本。
数日前にキプロスで銀行閉鎖があったこともあり、現実味がある切実な問題。明日にでも、ここで書くが、アベノミクスの
批判とも受け取れる内容。意図的にハイパーインフレを起こし、銀行閉鎖を? ウソでないから、恐ろしい。ある日を境に、
黒鳥が一定の間隔を保ちながら、次々と舞い降りてくる。今世紀に入って現在に至るまで、舞い降りてきた黒鳥ように。
・・・・・・
4016, 事業生活39年の、独り語り ー4
2012年03月24日(土)
昭和30年後半辺りから、駅前百貨店と既存商店街が主な流通経路だったが、新たにスーパーが現れてきた。
既存の流通経路では大量生産、大量消費の物流が対処できなくなったためである。そして書店には「流通革命論」などが、
並ぶようになっていた。 実家が衣料量販店だったこともあり、それに注目するのは自然の流れ。 渥美俊一著のシリーズの
「チェーンストアへの道」下地にした「流通革命」を武澤ゼミの卒論のテーマにした。 それもあり、就職先が「ジャスコ」。
その一期生と言えば聞こえはいいが、三社合併の先兵として、合併先の矛盾の先頭に立つのが役割。そして一年で辞職、
産能大に編入し、その一年後に金沢を中心に衣料店チェーンを展開していた「いとはん」(後にジャスコに吸収合併された)
に一年半、勤務した。フィールドでの、ジャスコ、いとはんは俗にいう修行。 その産能大時代に、三番目の姉の家の二階に
居候させてもらった。 絵に描いたような話だが、その姉が貸家として千葉市郊外の5万人ほどの新興住宅地の千城台に、
貸家を持った直後だった。 姉、曰く、「ここは、数年で土地の値段が数倍になる。もうじき団地の真ん中の四つ角が格安で
売りに出される。あれは絶対買い得。」 そして、暫くすると新聞広告に売り出し広告が出ていた。 千葉県土地供給公社が、
「大規模団地を造成し、購入希望者の抽選会を公開で行い、当選者に売却」とあった。 外れて元々と、申し込みをして、
公開抽選会に行ってみた。 そころが5倍と10倍の競合だった二箇所のうち、5倍だったところが当選したのである。
そこで実家に帰って父に告げると、にべもなく、ノー。「明らかに数年で二倍になる権利を捨てることはない。私に買ってくれと
いうのでなく、会社名義で買うべきだ」と三日間、朝から晩まで父に張り付き、イエスの返事をもらった。もちろん会社名義である。
その売却条件が二年半以内の建物の着工。現場での一年だけの現場経験では、まだ精神的体力が足りないのは自他とも認めるところ。
あと二年の経験が必要と当時、厳しさで知れ渡っていた金沢の「いとはん」に二年の条件で入ることになった。その後、そこで
私が何か事業を立ち上げる前提があった。 成る程、「いとはん」は聞きしに勝る厳しさ。西友の資本傘下に入った直後で、
社内全体は動揺の渦の中。 金沢は加賀百万石の気風があり、気位の高さと、どんよりした暗さと、人間味の深さがある独特の空気。
男は武士顔、女は京都顔。何ともいえない味がある。外づらは良いが、内づらはウワサ社会の城下町である。社内は、被占領会社の
惨めな空気がドップリと浸かっていた。 そして色いろあった一年半後に、実家の姉から「父が末期ガンで、あと一年!」という
知らせが入った。 20歳の時に創業人生を決めてから、この瞬間までが、「創業の準備期間」になった。 振り返ってみると、
激しく厳しい経験だったが、全てが合理的。 特に、産能大の一年は勉学と、千城台の土地購入は人生を大きく変えることになる。
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3650, 精神科医師の幸福論 ー2
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03月24日(月)
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