ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4703,閑話小題 ー若年女性の貧困問題
その短い言葉を通じて、われわれが自己への関心、配慮をばねにして自己への探究を開始する存在であることが端的に示されている。
しかし、それを裏返せば、われわれは通常、自己を問題として受けとめることは少ないし、思慮を健全に保つことからも遠い存在だ、
ということである。よきことを考えて生きることよりも欲情にかられてよからぬ方向へとひっぱられていきやすいのが人間である。
それゆえ、彼は自戒の言葉を口にしている。「欲情と戦うのは困難である。なぜなら、それを欲する者を魂[命]をかけて購うから。
 放漫を消すことは火災を消す以上に急務である」(断片四三)
ヘラクレスは、人間がしばしば欲情の虜になり、とりかえしのつかぬことをしでかしたり、放漫、不遜になって、他人に不快感を
与える存在であることを見抜いた。人間は思わぬ仕方で壊れやすく、健全を失いやすいがゆえに、それに抗するためにも、よく
認識し、思慮を健全なものに保つようにしなければならないと考えたようにみえる。彼が認識したことは、自己を壊すものから、
自己を防御し、自己をよく整えるための自己認識であった。・・・≫
 ▼ 古代に、「わたしはわたし自身を探求した」とは、驚き。その頃から現在に至るまで、その問いが繰り返されてきた。
  まずは、他者と私、そして、自己対話をする内なる私と、分裂した私。それより、今過ぎ去ったばかりの己と、現在の己。
  欲望に支配されている私と、それを見ている私。ギリシャ哲学を知るにつけて、人間は二千五百年も考え続けてきたわりに、
  殆ど進歩していないというより、後退しているとも思える。いや、西洋的進歩という言葉自体が疑問である。それが構造主義
  につながっている。大きな節目には、それまでの自己が破壊される。その中で、破壊されてはならない核心は守らなければ
  ならない。そのために、この随想日記で、「節目どきに」「自己をみつめる」「自分の居場所のみつけ方」とかをテーマに、
  していた。このテーマも、その一連だが、哲学の具体的入り口は、「自分」と「死」と「神」と「自然」についてである。
  「私の事業」が崩壊して、残ったのは「自分」である。それも傷物としての自分。しかし、核心まで傷ついた訳でなし、
  問題は自己認識だが、どうもこうも、考えるほど、滑稽な行蔵しか残ってない。これも気づくかどうかの問題だが・・
  「欲する者を魂[命]をかけて購う」、その自分も、それぞれの他己から、自分の核心を守ることは至難の技になる。
・・・・・・
3961, 家族の崩壊は団塊世代の母親のせいか
2012年01月29日(日)
 あるレポートに、「家族の崩壊は団塊世代の母親のせいか」というテーマがあった。私たち世代の連れ合いが団塊世代のため、
身につまされるテーマである。その子供たちが「ゆとり教育」の犠牲者で、無気力世代として現在の社会の中核を占めている。
そして現在、団塊世代の退職期を向かえて世代交代が完了しつつあるが、良質の人材の比率が少ないことが深刻な問題になっている。
その中で団塊世代の母親は核家族化の中枢にあって家庭に対する価値観が失われていった。それが家庭内離婚を含めて過半数以上が
家族崩壊をしているのが現状である。  ー 次の部分は考えさせられる内容である。
≪ 数年前、行政企画の「団塊世代」をテーマにしたシンポジウムで、男性のことばかりが語られるので、団塊女性の老後の生き方に
提案はあるか、と質問した。ある男性の大学教員がこう答えた。「団塊世代の女性は、子育てに失敗した世代なので、その贖罪のために
孫育てに励んで、働く次世代の女性を支え、家族崩壊を食い止めなさい」と。 不登校や引きこもり、児童虐待、少年犯罪、DVなど、
家族を巡る現代の問題は、戦後の核家族を専業主婦として支えた団塊世代の母親に起因すると考えられているらしい。
 確かに、戦後の急速な核家族化は、人々が当たり前と思って担ってきた日本の伝統的な家族の機能を次々と失わせてきた。
これまでは、自然に生まれていた地縁による共同体を都会の核家族は作り出せなかったし、むしろ、家族は社会の荒波から

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01月29日(水)
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