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堀井On-Line
by horii86
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■4698, シニアの人生設計は三年の中期計画を
その旅の途上では、われわれひとりひとりが、手さぐりで一歩一歩進まなければならない。 しかしその歩みを通じて、自己が
どのような存在であり、自己として生きることがいかなることか少しずつ見えてくるであろう。
自己の旅は、われわれが自己の多様な側面を説き明かしていく思考の経験であり、自分との対話や反省や試みを介して自己を
掘り下げていく経験である。しかし、その経験は自己に収束して閉じてしまうものではない。それとは逆に、自己への旅は、
自己の生を可能にしている他者や、世界へとつながるものである。自己への旅には、あらかじめ定められた出発の時があるわけでも、
終わりの時があるわけでもない。それはどこに行きつくか分からない。その旅の途中で、自分が、他者が、世界が、どのように
違って見えてくるのかも分からない。それを身をもって知ること、それこそが自己への旅の醍醐味であろう。》
▼ 自分の立居位置で、確かに物事は違って見えてくる。特に人の滅多にない経験?後なので私の自己の旅路は複雑である。
事業を目指すと決心してからの45年間の自分の行蔵を省みるだけで、自分を身を持って知ることになる。非力な、無知な、
しかし理想だけは高い自分がいる。その時々に全力を出していたので、その時々の自分に後悔は一切無い。出来ない人ほど、
辛辣に、実践するものを非難する。同じ後悔なら、実践者の方が良いことを一番知っているためだ。この経験で実感したことは、
「人生はハッピーエンドより、後悔の無いアンハッピーエンドの方が良いのでは?」ということ。 後悔の無いアンハッピーなど
あるのかどうかの疑問もあるが、実際に私の経験が、そうである。実際のところアンハッピーではない、といえば、その通り。
要は、これも自分との付き合い方。どっちにしても大方はアンハッピーの悶絶の死が待っている。 この内なる旅、面白くなる。
・・・・・・
3956, 他人を責める「新型うつ」について ー2
2012年01月24日(火)
数ヶ月前に、閑話小題で「(他人の)せい病」について書いたが、その時は、それが現代型「新型うつ」とは知らなかった。
たまたま周辺の何人かの異様な言動の「うつ病」現象が耳に入ってきた。共通点は、自分の内側に向かうのでなく、周辺に
怒りをぶつけることである。 秋葉原の大量殺人犯のは、この拡大版。 自分に自信を持てない反面、その防波堤として
プライドが異常に高いのが特徴である。 現在の日本の国そのものが「新型総うつ」であるが、怒りを国政のトップに叩きつけ
潰していく異常性は、国の末期現象といえる。自分より他人を責めるのは、情報化社会の特徴である。自分より社会に、他人に、
怒りの原因を探しやすいためである。そういう私も、この一連の出来事の八割は、二つの経済震災と自然災害と現在でも信じている。
借入総額の七割を返済しても、残り三割の総額が十億もあり、売上が三分の一、四分の一に激減すれば無理というのも
言い訳にならない。出来ることは、瀬戸際の一歩手前で見切ることぐらい。 以前書いた、文章をコピーしてみる。
≪ 2011/06/28 閑話小題 ◎ エイズ並みの、恐ろしい性病
人間、ギリギリに立つと、本性が出てくるもの。 その中で最もリアルに出るのが「他人(ひと)のせい」にする悲しいサガ(性)。
人間には「あなた群」というのがあって、色いろな気持ちや体験を通して培った感覚や、体の細胞たちからの記憶が、人の中に蠢いている。
過去の色いろな感情や感覚が、塊になって、その時々の感情や感覚を仲間として同居していて出番を待っている。 その一つが
「他人(あのひと)のせい」病である。 さしずめ、今回の倒産劇の「三つの震災」を倒産理由にしている我が内なる、それである。
そう書きながら、これらの八割が原因と脳の奥からの声が聞こえてくるが・・。原因や責任転嫁は動揺から生じることが多い。
「他人のせい」は、メビウスの輪で、「原因は自分にもある」ことに気づかなくしてしまう。東北大震災も、あれは数百年に一度の天災が
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01月24日(金)
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