ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4683, スマート革命 ー4
しかし実際は少しだけ上がるだけ?だが、あまり変わりはしないことに気づかない。ーまずは、その辺を書き出し考えてみる。
≪ ・・何かを売ろうとしたことがあるなら、あなたはできるだけ高く売ろうとし、相手はできるだけ安く買おうとしただろう・・ 
 売買の当事者はみんな、最後に残るお金が少ないより多いほうが幸せだと思いこんでいる。この思いこみが経済行動の根本原理だ。
だが、これを立証する科学的な事実は、あなたが思うほど多くない。経済学者や心理学者は、何十年にもわたって富と幸せの関係を
研究している。富が人間の幸せを強めるのは、赤貧から抜けだして中産階級になる場合だけで、それ以上はほとんど幸せを強めない
という説が一般的だ。アメリカ人の場合、年収五万ドルの人は年収一万ドルの人よりずっと幸せだが、年収五〇〇万ドルの人は
年収一〇万ドルの人よりずっと幸せというわけじゃない。貧しい国の人びとにくらべると、ある程度豊かな国の人びとはずっと
幸せだが、ある程度豊かな国の人々にくらべて、非常に豊かな国の人びとがずっと幸せかというとそうじゃない。経済学者は、
富に「限界効用逓減」があると説明するが、これは、空腹、寒さ、病気、疲労、恐怖の状態にあるのはつらいが、その苦しみから
抜けだしさえすれば、それ以上のお金は増えるだけで意味のない紙の山でしかない、ということを言っているにすぎない。
ならば、自分が使いきれるだけのお金を稼いだら、あとは仕事をやめて楽しむだけだ。でしょ? いいや、はずれ。
豊かな国の人びとは、たいてい、長時聞まじめに働いて、これ以上お金が増えても喜びを引きだ芸いという限界以上に稼ごうとする。
われわれはこの事実をもっと不思議がるべきだ。なにしろ、ゴールに安物チーズをおくだけで迷路を走り抜けるラットさえ、
いったん満腹になれば、最高級のチーズを使っても動こうとしないのだ。 我われ自身、パンケーキをたっぷり食べたら、
それ以上のパンケーキはもう食べがいがないため、調達や消費の努力をやめる。だが、お金については違うらしい。
近代経済学の父、アダムスミスが一七七六年に書いたように、食べ物への欲求は、人間の胃袋の容量が小さいせいで、どの人でも
かぎられている。しかし住宅、、衣服、馬車、家具などの便利品や装飾品への欲求は、何の限界も、はっきりした境界もないようだ。
食べ物もお金も、いったん十分になるとそれ以上の喜びを与えてくれなくなるなら、なぜわれわれは、食べ物を腹に詰め込むのを
やめるのに、ポケットには際限なく詰め込み続けるのだろう。それは金銭の多さに比例して満足が増えると思い込んでいるためだ。≫
 ▼ 世界も、日本も上流階級が存在している。金銭で表現すると、1〜2億以上の純資産が上の下、10〜20億クラスが上の中、
  最上が100億以上という。 それに見合って幸せかというと、そうでないようだ。純資産がゼロというと、常にお金の残高を
  意識する生活になるため、ある程度の収入と預金が必要である。だから、極貧から脱出した時の喜びは、大きくなる。
  では中流と上流との幸福感は、どうだろう? それほど変わらないようだ。しかし中流の上流に対する希求は思いのほか大きい。
  中流は欲しい物が買えないので少し不幸で、上流は何でも買えるので少し不幸ということ。でも、これだけは、多い方が良い。
  一万円と百万円を懐に持って一万円の買い物をするとき、気持ちが全く違う。心理学者のお金に対する切口は特別に面白い。
・・・・・
3941, 終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか ー1
2012年01月09日(月)
     「終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか」 水野和夫著 (評価 ★★★★★)
   * 9・11、9・15、3.11の意味するもの =「近代の敗北」の記念碑
 私にとって10年前の9・11、3年前の9・15、去年の3・11の三連打で呆気なく事業人生を終焉をした。
それぞれの震災が起こるたびに売り上げが翌日から右下がりになってしまう。その都度、政府が打ち出す政策などで何とか

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01月09日(木)
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