ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4680, 偶然からチャンスを見つけだす能力
 人間の脳は、過去の失敗に対して無意識に自動的免疫をするように出来ているようだ。私の事業が、大津波(金融恐慌)で
儚く流されても、後悔も、未練も少ない。万一の手立てをしていたことがあるが、経済的震災に遭遇した事に、後悔も愚痴も
無駄、を知っているからだ。しかし、そこには、心理的免疫システムが働いていたようだ。 ーその辺りを抜粋してみる
  * 前向きに過去をみる ー心理的免疫システム
≪ 我々は、過去に手痛い大失敗や、失恋を、「これまでの人生で最良の出来事か」か、「人生最悪の出来事か」と
 表現するかと尋ねたら、最悪より最良を支持する人のほうが多いだろう。逆に、その経験をしてない人に、この質問をしたら
誰一人として失敗や失恋を上げない。 失敗や、失恋は過去の出来事として見るとき、実際よりバラ色にみえる。人間の脳は、
それほど酷くない理由を探し始めるように出来ている。これを心理的免疫システムという。 我々は自分の脳の変化の過程を
自覚しないため、見方が変わるなど考えもしない。そのため未来の感情の予測が難しくなる。これを知らなかったために
将来にも同じことを繰り返す。ところでなぜ人は、行為より不行為を強く後悔するのだろう。それは心理的免疫システムは、
行動しなかったことには働きようがないからだ。プロポーズして振られても、そこから多くを学ぶことが出来たとしても、
何もしないと、学んだり出来ない。心理システムにとって行き過ぎた勇気の方が、行き過ぎた臆病さより正当化しやすいからだ。
それを我々は分かってない。その時、つまずきながら前に進むべきときに、両面作戦に出てしまう。≫
 ▼ 天風の積極一貫の信念で何事にも前向きに立ち向かうべきということ。手痛い失敗も、しない失敗より良い。
  事業についても同じ。 ‘ああ、面白かった!’ただ、それだけ。その辺りが、傍で不幸と決めつけている人との違い。
  ところで、日本人は幸せなど正面だって使ってなかった。明治以降に、ハピネスあたりの当て語として使われた。
  それらしき言葉で、「良いめぐりあわせ」といった程度のもの。 幸福とは個人的な心情だが、儒教的考えでは、
  そういう考え方とあわない。それに対し欧米人は、個人主義が強いこともあって、臆面なく「幸福」を論じる。
  幸せも、妄想でしかないという視点でみると、分かりやすい。幸せだったと思えば幸せ、不幸だったと思えば不幸である。
  それなら幸せだったと思えばよい。所詮、全てが妄想。それでも、幸せと思えない? それこそが貴方のバイアスである。
・・・・・・
3938, 閑話小題
2012年01月06日(金)
 * 車修理
 去年の暮れ車庫のブロック塀に車の後部をぶつけてしまった。 経験からみて最悪の場合10万円以上、
少なくとも7〜8万はするはず?だが、あくまで業者が判断すること。そこで三ヶ所の見積もりをとったが、5万4千、
8万5千、20万円と出た。よくぞ、これだけの差が出たものと驚いた。20万円のところは、「修理不能で、その部分の
パネル全体を取り替えないと無理」というが、他はそんなことを言ってない。 当然、5万4千円のところに決めたが、
20万とは、いい加減なもの。そこで思い出したのが以前も見積もってもらったこと。 高いので他にしたことを思い出した。
高くなる算段で修理を考えるのと、安くなるように算段して何とか注文を取ろうというでは4倍近くも違うということ。
そこはバイパス近くにある車社会では一等地。高くなるように見積もっても、客は絶えないのだろう。 今回決めたところは
川崎のカーコンビニ、高いところは? ネット上では書けない。 家電でも何でも最低、三軒の見積もりは必要である。
ところで、年末年始で修理工場が忙しいということもあり、三週間も、そのままの状態で車を走らせていたことあり、
他の車の傷が気になり見ていたが、本当に少ない。そういえば、街で車が凹んんだまま走っているのを殆どみかけない。
これまでも、たまに見かけると振り返る程だった。 無傷が当たり前と思っていたが、外国では平均的に見ても多く見かけられる。

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01月06日(月)
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