ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4621, 2000年前のポンペイー7
しかし同じ後悔のなかでも、「後悔する優先順位」というのがある。そして後悔の深さの差から、なぜ人は最初の直感に
しつこくこだわるのか、その理由が見えてくる。 一般に人は「不作為」よりも「行為」に対して大きな責任を感じるものである。
誤りを犯しそうなときは、むしろ、「行動を起こさない」という誤りを犯すほうを選ぶ。 というのも、不作為は受け身の
できごとと見られがちだからだ。 自分は何もしなかった、だからその結果に感じる責任も小さい、というわけだ。
 1600人以上の大学生による模擬試験の観察から、観察者は、先行研究で発見されたのと同じ誤りとを発見した。
答えを変えた受験者は、たいがい点数を上げていた。変更された全解答をカウントして分析したところ、誤答から正答への変更は、
正答から誤答への変更を二対一の比で上まわった。 だが、もっと重要なことは、実験後の学生との面談から明らかになった。
「正答を誤解答と変える予感は、誤答を正答に変え損ねる予感よりも大きな後悔をもたらしていた」のだ。
つまり、何もしないほうが、何かをするより後悔しないで済む、ということだ。どのみち誤答してしまうとしても。 ≫
▼ 人は、しなかった後悔より、実際にしてしまい失敗した後悔により捉われる傾向にある。実際に、この実験のとおり、
 私の具体的経験を振り返っても同じことがいえる。やらなかった後悔は、実際に失敗した後悔の数倍の損失のことが多い。
しかし実際ところ、止めて致命傷にならないで済んだことも多くあった。事業結果が、こうだとしても、後悔をしていない。
原因がハッキリしているためだが、全身全霊を注ぎ込んだこともある。思った通り、生きてなかったら数倍、いや数百倍も
後悔していたはず。 海外旅行は、起こりえるトラブルが全て起こると覚悟をしておかなければならない。
「良いこと2に、後悔すること1」の比率で、通常生活10倍が圧縮して生じてくる。 そう割り切ってしまえばよい。
「正答を誤答へ変える予感に従うと、正解する確率が二倍になる」のと同じ比だが・・・ 少し意味が違うか。
人生も同じことがいえる。 刷り込まれた思い込みを間違っていると直感しても、その修正による失敗を恐れ、
大事な人生を棒に振る。 修正した方が正しいと分かっていても、である。だから計画をたて、準備を充分するのである。
結果は、それまでの経験の色分けを変色し、その歪を大きくする。それにシタリガオ批判の歪が加わり自滅してしまう。
・・・・・・
3881, 閑話小題 ースロータイムの勧め
2011年11月10日(木)
    * のんびり、ぼんやりといこか〜   ー スロータイムも悪くない!
 第二か、第三の人生のキーワードは何だろと考えると、「ぼんやり、のんびり、のびのび、ほのぼの」という言葉が浮かんでくる。
あまり、のんびりすると、ボケてしまう?。 数十年も緊張の連続の後、これからの人生は、せめて一日のうち数時間でも、
のんびりし、ぼんやりすることも必要だろう。この随想日記を毎日書き続けるのも結構、緊張をする。スケジュールに沿って
生活しているので、一日中は、ぼんやりしていられない。 一応、午前中はスケジュールを満つにして、午後はフリーにしている。
最近、「アングリー・バード」という子供向けのパソコンゲームで、午後の一時間は遊んでいるが、これも、のんびりの範疇。
無意味=無価値の時間を遊ぶことも必要? 「定年になったら女房と、のんびりと世界一周をしたい」というのを聞いたことがある。
地方で装置産業を事業としてきたので比較的に時間があった。しかし、のんびりしてきたか?と言えば、そうでもなかった。
しかし節目が変わって、価値観がコペルニクス的に変わり、のんびりする時間が多い人生こそ最大の収穫と思えるようになってきた。
 ところで、栗田昌裕の指回し体操で「 さわやか、まろやか、のびやか、晴れやか、ほのぼの 」とブツブツ言いながらする健康法が
あるが、これを「ぼんやり」とすると良い。 積極的幸せの追求は、さておき、消極的幸せの追求に重心を移動する時節でもある。 

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11月10日(日)
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