ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4569, 世界恐慌の結果、どうなる? ー2
2012年09月19日(水)                           
   * 交換経済から贈与経済へ     「呪いの時代」内田樹著  
 何か奇異に思える贈与経済とは、お金でも、物でも、情報・知識でも、留めないで次に回せということ。
情報に限って考えると納得できる。ブログなどで自分の持っているベストの情報を公開(贈与)することで、
世界中の情報を共有できるようになった。情報化社会では、贈与という言葉がキーワードになる。銀行預金は、
その正反対になる。現在の世界的不況は、一部勝ち組が得た利益を独り占めをして回さなくなったことにある。
ボランティアは慈善の贈与と解釈出来る。 ーその辺りからー
 ≪ 贈与経済というのは、要するに自分のところに来たものは退蔵しないで、次に「パス」するということです。
 それだけ。「自分のところに来たもの」というのは貨幣でもいいし、商品でもいいし、情報や知識や技術でもいい。
とにかく自分のところで止めないで、次に回す。自分で食べたり飲んだりして使う限り、保有できる貨幣には限界がある。
先ほども言いましたけれど、ある限界を超えたら、お金をいくら持っていてもそれではもう「金で金を買う」以外のことは
できなくなる。それで「金を買う」以外に使い道のないようなお金は「なくてもいい」お金だと僕は思います。
それは周りの貧しい人たちに「パス」してあげて、彼らの身体的要求を満たすことに使えばいい。
ご飯や服や家や学校や病院のような、直接人間の日常的欲求をみたすものに使えばいい。タックスヘイブンの
銀行口座の磁気的な数字になっているよりは、具体的に手で触れる「もの」に姿を変える方がいい。・・・
 ・・・その人がエンドユーザーであるような人間には贈与は届かない。贈り物を受け取ったときに、目にも止まら速さで
次の贈り先にそれがパスされるような人のところにしか贈り物は届かない。そういうものです。贈与経済が成り立つための要件は、
ある意味きわめてシンプル。市民的に成熟していること。それだけです。自分より立場の弱い人たちを含む相互扶助的な
ネットワークをすでに作り上げており、その中で自分が「もっぱら持ち出し」役であることを愉しむようなマインドを
もつ人であること。そういう人のところに選択的にリソースが集中するシステムが贈与経済システムです。 ≫
 ▼ 経済は商品と情報が回り進化することで向上する。その意味では、日本が一時期そうであったように、
  国民が総中流が理想的である。しかし、情報化社会は一部の勝ち組が総取りになってしまう。その辺が難しい。
・・・・・・
3829, 閑話小題
2011年09月19日(月)
  * 絶え間ない変化と変身
 変化のない日々が、相変わらず続いている。それはそれで一日単位では小さい事象が次々と起こっている。
人生を、あらためて振り返ってみると色々あったことに驚いている。 それらは絶え間ない変化の連続線にある。 
生まれた0〜9歳までを考えても、新生児、幼児、児童、少年期と変わっていく。
10歳から19歳でも、小学校、中学校、高校、大学と、次々に節目がある。
20歳から29歳といえば、学生から社会人、結婚、そして父親である。その中で絶え間なく変化と変身が要求される。
30歳を過ぎると、青年期から成年期、中年期と家庭でも社会でも、大きな柱としての責任が覆いかぶさってくる。 
そうこうしている間に40,50,60歳の壮年期から老年期に移行している。
何処かで自分で、「人生は、こんなもの」と決め付けたと同時に変身のダイナミックがなくなり、人生の要求と合わなくなって
肉体と精神の変調をきたす。こうみると世界も、社会も、自分も常に時の流れの中で、変身し、最期は「プッツン」で終わる。
生き、老い、病になり、最後は死ぬしかない。「いま、ここ」でしか、留まることは出来ないのである。
とはいえ、あまり神経質になっても結果は同じである。なら、自然体で変化を受け入れ、従うしかない。   
  * iPad 初心者の呟き

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09月19日(木)
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