ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393646hit]
■4568,変えてみよう! 記憶とのつきあいかた ー4
「変えてみよう! 記憶とのつきあいかた」高橋 雅延 (著) * 幸せな人生とは、本人が決めること!幸福感は、それぞれの人の核となる魂の問題で、他人がとやかくいう問題でない。「不幸の極みと思っていたことが、実は幸運の仮面を被っているにすぎない」と思えば、そう思えてくる。
実際に経験してみると、そこに多くの視点が見えてくる。本当の幸福感は、
不幸の真只中にこそ、現れ出てくるのは人生経験を積むほど分かるはず。
ー以下の箇所はなかなか含蓄があるー
≪ 『サザエさん』の原作者として有名な長谷川町子のマンガで、小学四年生のときに読み、今なお覚えている作品がある。
それは、一人の男の人生をめぐる、良い神様と悪い神様の話だ。 何の不自由もない家に、玉のような男の子が生まれた。
これを知った悪い神様は、どうもこれがおもしろくなく、この男の子の人生を惨憺たるものにしようとシナリオを練る。
そして、「男の子の身に次々と不幸が起こり、紆余曲折をへて船乗りとなった挙句に猛烈な嵐に遭遇して、最後は絶海の
孤島に流れ着き、そこで人生を終える」いうシナリオをつくりあげた。 はたして、男の子の身には次々に不幸が襲いかかる。
しかし、良い神様がそれに気づいて彼を何度も助けたために、彼は幸せな人生を送ることになる。
ところがその臨終の場で彼は自分の人生を振り返って、本当に不幸な一生だったと言い出すのである。
そして、自分の夢は船乗りになって、どこかの島で人生を終えることだったと述懐して息を引きとるのだ。
二人の神様は、人間 とはよくわからないと言いながら、去っていく。こんな話だ。このマンガが私の人生の原点である。
幸せな人生とは、あくまでも本人が決めることであり、まわりがとやかく言うべきものではない。
もとより、記憶のさまざまな性質や、その生かしかたを知ったからといって、幸せになれるわけではない。
ただ、何も知らないよりは、知っておいたほうが、みすみす損をしないだろうと思われるだけだ。
この本に書かれている「ヒント」をもとに、どのような人生を生きるかは、最終的には、みなさんが決めることなのである。》
▼ 以前に取り上げた「幸福の4階建」に、当てはめると分かりやすい。
4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。
3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する中に幸福感が生まれる。そこに自己実現の要素が入っている。
2階:獲得した「快」を永続させる。 そこに時間的要素を入れ、いかに長続きさせる中に幸せがある。
1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。
苦労に苦労を重ねて得た幸せこそ、その最たるものだが、得てしまった幸せより、不幸に見えた苦労の中にこそ、
真の幸福の含量が多くある。 私のケースは、『サザエさん』の作者の物語とは真逆である。
思いもしない3つの大津波に飲み込まれて、この結果に終わった。しかし、これこそベストでは?の、心の奥からの声に
我ながら驚いた。この「幸福の4階建」の意味が、いやでも実感せざるを得ない。現在の私は、この建物の3階辺りで、日々を過ごしているが、いつ何どき、4階に駆け上がり、幸福感を味わうのだろう。
その屋上のテラスからの景色は、どんなものか? それもこれも、生きているうち! 今日一日を楽しむしかないか。
・・・・・・
4193, 呪いの時代 ー10
2012年09月18日(火) * ペルソナ(仮面)の品不足 「呪いの時代」内田樹著
結局、人は、それぞれの場面に色いろな仮面を被ることで生きている。ところが一つの理想的な仮面に限定すると、
それに対して真逆なペルソナが現れ出る。「弱くかわいい僕」以外のペルソナの品ぞろいがないと、危機的状況になった時に、
思いもよらない凶暴なエゴの男が顔を出してくる。人間は面白く、哀しく、弱いもの。我が内なる他者とは、よくいったもの。
秋葉原の無差別殺戮などは、その典型である。仮面の品不足だったのである。 ーその辺の記述からー
[5]続きを読む
09月18日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る