ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4554, 横尾忠則の老人論
何が大事かを考えることを知ることができるのが、まさに精神だからだ。自分を大事にするとは、つまり精神を大事にすることである。
「自尊心」とは、自分を尊ぶ、自分を愛するということの、本当の意味がこれだ。自尊心を持つことと、プライドがあるということは、
間違いやすい。誰も自分が大事で、プライドがあると思っていれば、他人に侮辱されても腹が立たないはずだ。なぜなら、自分で
自分の価値を知っているなら、他人の評価は気にならないはず。もし腹が立つなら、自分の価値より他人評価を価値としているからだ。
それは自尊心でなく、虚栄心だということになる。≫
▼ 自尊心は『本当に自分を尊く思える心』。プライドとは全く違う。人から否定的な事を言われたり、弱い自分がさらけ出されても
自尊心が高ければ、心は揺らがない。自尊心が低いと、他人の評価を気にしてプライドと言う虚勢で弱い自分をカバーする。
プライドの高さは虚勢の高さに他ならない。自分を尊び、価値ある存在と信じる自尊心とは違う。そのため自尊心の低い人ほど
プライドが高くなる。年齢をかさねるにつれ、それが小さくはなるが、女子と小人は、その壁がますます高くなっていく。
誇り高いというのはプライドと意味は似ているが、虚勢の高さはプライドほど高くはない。自尊心とは自分に自信があって生まれる。
プライドは、自信がないための防御の柵をいう。無知蒙昧のカラ元気。 居るよ、こういう人!地頭が悪いというか、底がない?
何か、自分のこと?と思い知る。プライドも自尊心もズタズタ?が現在の私だが、ことの本質(世界恐慌)をみれば極当然のこと??
と、プライドの心が囁き出す。そして、そのプライドの壁の上から、そこに来ている恐慌の大津波を眺めている日々というこか。
・・・・・・
3814, リタイヤの生活は退屈か?
2011年09月04日(日)
良かったのか悪かったのか、10代半ばから常に受験、就職、事業などで、常に追い立てられて生きてきた。
しかし思いもよらずに? ここで追い立てられてきた人生から50数年ぶりに解放された! のが、現在である。
その前のイメージは、本音でいえば味も素っ気もないのでは? と思っていた。
しかし、その立場になって分かったことは、「それはそれなりに充実している」ことである。
10年かけてネットに重心を移動していたこともあって、気持ちに余裕がなければ、こうはいかないのだろう。
事業の結果がこうとしても、これだけ世界規模の経済震災や自然災害が次々と生じれば、諦めもつくもの。
現在の状態を抵抗なく受け入れている自分に驚いている。 逆に、何だったのか、この10年は?と、疑問も生じてくる。
止めようもない右下がりの落ち込みに、対処療法しか手の打ちようがない日々も辛いもの。6年前に大手銀行からの
会社売却の話があったが、これは「生きたまま銀行系列のホテルに、ただ同然に持っていかれるレベル」の案件。
あれから6年間も持続した分、実質な回収とも解釈ができる。 反面、倒産は避けられたかもしれない。
それに関しても後悔は全くない。 目先の資金繰りの綱渡りは、事業人生で一度も経験したことはなかった。
半年後には給料、退職金の大部分も、取引先の支払いも、(資金繰り表から逆算して)不能になるのがハッキリしていた。
そのため目先資金の余裕のあるうちにと、会計事務所、弁護士、私と役員で相談の上に、少し早目の整理に入った。
それが打撃を最小限で終わらせたことになる。 そうはいっても会社の死は、そう生易しくはない。
当分はiPadに集中。 最適なアプリを画面上に配置することと、新しい何かにチャレンジすることである。
10数年前に亡くなった母親の老後の様々なチャレンジを身近にみていた。その辺にヒントが隠されているようだ。
「良い人生、悪い人生ではなく、充実している人生」がキーワードになる。
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3449 秘・異郷の旅、よもやま話 -6
2010年09月04日(土)
*初めて経験した大自然の懐
広大な大自然に初めて唖然としたのが、カナダのロッキーの懐に入って時である。トロントと、ナイアガラの滝をみた後に
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09月04日(水)
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