ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3597, 誤訳口臭論
負債の支払利子を引いた所得収支など、これら全てを合わせた日本の経常収支は、年間十六兆円の黒字です。
 こうした日米の収支の不均衡は、本来ならば為替レートが変動することによって調整されるはずでした。
円高ドル安になれば、アメリカは輸入を減らすでしょうし、逆に日本は割安感の出てきたアメリカ製品の輸入を増やす。
そうして輸出と輸入が均衡するまで円が高くなるはずです。ところが、アメリカへの輸出を減らしたくない日本は、
円安を維持するためドルを持ち続けた。 そればかりか日本は市場でドルを買い支えてきたため、さらに多くのドル資産を
保有するはめになってしまいました。 その結果、累積した日本の海外純資産は、二〇〇八年末の段階では二百二十六兆円にも
達するものの大半がドル建てです。 この黒字分を円に替えず、ドルのまま放置しておくのは、言わば掛けで売った品物の代金を、
そのまま取引先に預けているようなもの。 いくら売り上げがあっても、それを回収して現金を入手しなければ、
どんな企業であれ、資金繰りが詰まってしまう。それは国でも同じことです。・・・・ ≫
 〜 資本を海外に輸出することは、「お札の詰まった財布を相手に渡すようなもの」である。
  その金を、サブプライムローンなどの債権と証するものと、交換するのだから、どうもこうもない。
・・・・・・・・
2857, 人生を振り返り、俯瞰してみると −1
 2009年01月30日(金)
 人生を振り返り、俯瞰してみると (似たようなことは何回か書いてきたが再び・・)
0〜9歳は、家庭では躾、学校では集団生活の決まり事を刷り込まれる時期。遊びと学びの基本を学ぶ。
10歳代は、スポーツと勉強を通して、選別されていく時期。とにかく、学ぶ時期。
20歳代は、泥まみれになりながら、社会人としての基礎を身に付ける時期。
30歳代は、それまで蓄積した全てをそれぞれの創造に向けて吐き出す時期。家庭づくりも、創造になる。
40歳代は、人生の八割がたが決まり、一息つけるが胸突き八丁でもある。
50歳代は、大きな人生の回り角、競馬でいうと第三コーナーを回って直線に差し掛かる時期。ゴールを意識する。
60歳代は、人生の豊穣の時で、それまで出来なかったことを新たに始める時になる。余白を埋め始める時期。
70歳代は、人生の整理の時期に入り、全てをシンプルに変えていく時期。
80歳代以降は、一日一生で、毎日を味あう時期。
 大まかに10年ごとに意味づけをすれば、こんなものだろう。(私の場合は9年だが、それは次回に書く。)
大きな分岐点は、それぞれの人によって違うから、あくまで目安である。この中で一番大事な10年間は、50歳代ではないか。 
時期的には42歳の厄年だが、社会的、精神的な要素を含めると「50歳の時点が、人生の折り返し」だろう。
平均寿命の80歳を大きな目安とすると、そこまでの30年の最初の10年が最も大事になる。
50歳頃に読んだ曽野綾子の書に「人生の美味しいところは60歳まで」というのを読んで焦った。
「エッ、あと十年しかないのか、人生の美味しいところは!」と。「それでは十年で何をすべきか?」 
ここを充実させておかないと、人生を後悔することになる。 要は何を捨て何を取るかである。
もともと捨てていた世間様の付き合いを更に一歩踏み込んで捨て、好きなことを徹すること。
そして新しい世界を開拓することであった。 捨てるのはマイナーな人間関係。 
新しい世界はパソコン・インターネット、色いろ違った分野の読書。徹するのは、異郷、秘境ツアーである。
結果からすると50代前半が異・秘境ツアーに集中。 後半が読書とインターネットと載せる文章書きである。 
結果として正解だった。 50歳までに人生の元を取り、60歳までの上乗せが充実感で残った。
せいぜいプチ・ブルレベルとしてもだが。 人生を全体からすると20歳までが大事だが、全てが人生である。 
 「一日一生」「一期一会」「べきことを、べきときに、べくすべき」とは、良くいったものだ。
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2008年01月30日(水)
2492, 無くてはならぬもの −3

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