ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3210, デフレ時代の商売 −2
新興国が大型の積極的財政に転じても、今後、果たして財政赤字を解消できるのか、
先進国が同じく積極財政をとっても、期待した通りには効果は得られない。
・ポスト・アメリカの世界の象徴がG7の終焉と20Gの始まりであり、これは無極化への流れになる。
そして日本の輸出型経済モデルは新興国の中産階級を相手に据えるべきだとする。
中小企業はこれまでの下請けだけではなく、独自に積極的に海外に出ていくべきだ、と。
ー 以上であるが、結論からいうと・・・・ 次回に続く!
・・・・・・・・・
2008年01月18日(金)
2480, 「世間体」の構造 −1 (´∀`σ)σ オハYO!
『「世間体」の構造 −社会心理史への試み』
ー読書日記
専門が社会学のため、そして長年、その系統の本を読み続けてきたため、
「世間」とか、「世間体」という言葉の虚偽と、日本社会(特に地方の後進性)
の中に潜む泥沼の悪臭を感じ取り、その泥沼には近づかないようにしてきた。
私の場合、職住が新潟と長岡と分かれていたため、最小の接点で済んだのが幸運だった。
こういう人種は巧妙に近づいてくる。しかし直に臭い嗅ぎ取り、距離を取るように?してきた。
そこで、「世間体」を辞書でひいてみたがところ・・・
1. 社会的な視点からの自己のみなされ方。
2. 社会的地位や名誉、学歴、家柄による判断基準。分かり易い肩書きが最優先され人間性は含まれてない。
3. ワイドショーに準ずるモラルやマナー。 とある。 社会的地位も内面的な教養の区別すらも知識にない人達。
これが殆どだから、仕方がないが・・・ 少なくとも、それを鳥瞰する目と時間は持たないと。
ー「世間体」に関する、ことわざに関して、要約している部分を抜粋してみるとー
P−50
故事ことわざの類いには、「好きこそ物の上手なれ」という反面、「下手の横好き」ともいうように、
もともと両義的な意味あいがこめられているものである。 矛盾したいいまわしが対になっているのは、
ことわざの常であろう。「世間」をめぐることわざのたぐいとて、けっして例外ではない。
本質からいえば、矛盾し、相反する意味内容を、状況によってたくみにつかいわけるところにこそ、
ことわざの生命があり、おもしろさがあるのだ。にもかかわらず「世間」にかぎっていえば「世間」
をめぐる慣用句がことごとく「世間なみ」に収斂していることに、私はことのほか注目したいのである。
そのことがとりもなおさず、「世間」の特徴である、と断ぜざるをえないからである。
思えば、わが国の人びとの多くは、「世間なみ」に生きることを、人生のモットーとしてきたのではなかったか。
それが積極的にはたらいた場合には、「世間なみレベルの生活水準がたもて「世間なみ」の知識をもたないと恥ずかしい、
ということで、彼らは頑張って生きてきた。この「世間なみ」に生きようとがんばるエネルギーが、わが国の近代化の
ひとつの精神的な原動力となってきたといっても、けっして過言ではあるまい。
その反面、異端のもつ大胆なエネルギーが発揮されることは、きわめてまれであった。
ことの善悪をとわず、自分だけがとびぬけて目立つということは、「世間」の手前、
極めて気はずかしいことでなければならなかったからである。
ーー
「世間様に笑われないように」が、日本人の良くも悪くも、大きな羅針盤であった。
「うだつが上がらない」という言葉も、それに近い。島国では、お互いの顔色を覗って生きるのも、
大きな知恵になるのだ。 ”世間体”の”体”は「体面」「体裁」の”体”といい、それから逸脱した場合、
「”恥”−”羞恥”−”罪”」になり、社会的制裁を受けるが故に「面目」「面子」「外聞」「見栄」「虚栄」
と言うコトバを背景に持った行動が、世間に対してつくろう方策として個人の行動を規定するから、
内的規範になってしまうのである。それに対して、教養とは、それらから自由になるための知識・経験
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