ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3018, 旅する力 ー深夜特急ノート ー2
・ポカ・ジュニアーズはブエノスアイレスの低地、港湾地域のひとびとをサポーターとし、
・リバープレートはより高台のブルジョワ階級のチームである。
前者は主として、もともと貧しいイタリア系移民労働者の地域であり、後者は裕福なイギリス系移民の住むところだ。
両チームの対戦はしたがって、テクニックやスピード、戦術などの優劣を競う単純なスポーツ試合ではない。
それは、同じブエノスアイレスの住人同士でありながら、人種や階級、言語を異にするふたつの
エスニック・グループ同士の「戦い」なのだ。低地の住人にとってボカ・ジュニアーズの勝利は、常日頃自分たちを見下し、
こき使っている富裕層に対して、自分たち労働者が勝利することであり、高地の人たちの敗戦は革命に等しい。
だからこそ、それぞれのサボーターは「たかがサッカー試合」なのに両チームのプレイのひとつひとつに熱狂するのである。
同じようなことはスコットランド・リーグのセルティックとレンジャーズにも見られ、この場合には、
新教と旧教という宗教的対立、英語とスコットランド語という言語的対立とも連動している。
同じ町のチームというわけでなくても、スペイン、リーガ・エスパニョーラにおけるレアル・マドリードと
バルセロナの対戦は、もともと地域ごとの独立性が強かったスペインにおいて、
地方自治を弾圧する国王のチームであるレアル・マドリードと、言語その他において独立性の強い
カタロニア地方のチームであるバルセロナの対戦という意味を持つ。ここにも文化的。政治的対立が潜むのである。
ヨーロッパでも南米でも、それぞれの地域ごとに、近代化以前からの先住民、近代化=欧米化とともに渡来した住民、
そのかれらが強制的に連れてきた住民といった、それぞれの履歴の落差がある場合、
こうした言語的・人種的・宗教的・階級的・経済的・文化的対立が、各サッカーチームの成立の要因となり、
サッカー試合はエスニック・グループ同士の代理戦争という様相を呈する。
各チームのファン、「サポーター」は、自分が応援するチームのプレイやゴール、勝敗のたびに、
スタジアムやテレビの前で「一体となって」、喜びや怒り、悲しみを共有する。
アメリカ合州国の文化人類学者ペネディクト・アンダーソン(一九三六?)は、国民国家について「想像の共同体」
という言い方をした。サッカースタジアムの観客は、むしろ「熱狂の共同体」を、しかもきわめてリアルに形成するのである。
Jリーグの場合には、第二次世界大戦後に世界的にも希有な形で国民全体の富や資産の平準化(一億総中流)が
達成された日本で生まれたリーグであるために、欧州や中粟でみられるこうした性格は見られない。
その各チームを「地域に根付いたチームではない」
ーーー
それで会場では、熱くなった観客同士が乱闘するのが理解できた。
*今気づいたことだが、一昨年の今日に、ワールドカップについて偶然書いていた。
・・・・・・・・・
007年07月10日(火)
2289, 霊長類オンナ科図鑑 ?2
才ノヽ∋?_φ(゚▽゚*)♪
ーヨゴレ自慢女ー
この本の中でも特に「ヨゴレ自慢女」が、面白い。私も「偽悪主義」と、ある姉に言われるほどである。
奇麗事をいう人の前に出ると、意識的に「非奇麗事」を言わないと気が済まない性質である。
しかしこの「ヨゴレ自慢女」には敵わない。中村うさぎといえばやはり「うんちネタ」が浮かぶほど、露悪主義女。
「ヨゴレ自慢女」は、自分のことを書いているので、言葉が躍っていて迫力のある内容である。
本人は病気と開き直って、それを盾にとって好き言いたい放題である。
それがまた、面白いところである。他人を子供扱いをし、エロ系などのヨゴレネタが9割といってよい。
自らを貶め、その場の人々に対して優越感を抱こうとする、逆説的な「露悪魂」が彼女の彼女たる所以である。
ーまずは、そのの真骨頂の部分を抜粋してみる。
ー(字数の関係で中間カット2008年7月10日)
ーー
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07月10日(金)
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