ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3019.旅する力ー深夜特急ノートー3
旅する力 ー深夜特急ノート ー3
 
 「旅する力ー深夜特急ノート」 沢木耕太郎著    読書日記

 ー第二章 旅の始まりー

* 果たして陸路でロンドンまで行けるのだろうか? 不安を抱えたまま躊躇していた私の背中を押してくれたのは、
  1973年暮れに出た雑誌に載ったある文章の一節だった…。それは井上靖が書いた「アレキサンダーの道」という
  紀行文の連載第一回の文章であった。掲載誌は「文藝春秋」の1974年の一月号である。
   その冒頭で井上靖は、こう書いていた。
 《昭和48年の5月〜6月にかけて、アフガン、イラン、トルコの主として古代遺跡だけを漁って、自動車で巡った。
  約一万キロくるまに揺られた荒い旅であったが、私にとってはすべてが初めての経験だったので、面白かった。
  一行は、考古学の江上波夫、画家の平山郁夫両氏の他に、長島弘三、・・・などが同行された。これを読んだ時に
 「アフガン、イラン、トルコ」というのは、まさに私が行こうとしているルートそのもの。・・・》
    解)書物を通して、経験者が声が多くの人を動かす。経験の持つ力は、後進の人の力を喚起させる。
     だから一生を通して読書はしなければならないのである。

* 出発に際して、持ち物の「一覧表」を作った。しかし、参考になる例を知らなかったので一人で考えるしかない。
  旅先で新たに買うことも出来るものもあったが、旅先では買うのは極力抑えたい・・・・
  私はリストを作り変えることにしたが、それは無限の引き算をするようなものだった。
  これらをバックにつめ、それを背中に背負い、ショルダーバックを肩にかける。その中味は以下の通りであった。
  ・パスポート ・証明写真 ・トラベラーズ チェック ・現金 ・航空券 ・カメラ
  持っていく本は、最後に三冊に絞った。『星座図鑑』『西南アジアの歴史』、中国詩人選集の『李賀』である。
    解)旅行先では、意外と本を読む余裕はない。 その先々で、じっくりとする余裕があれば、その読書は
     特別な意味を持つはずだ。 経験主義と合理主義の二つの効果が十二分に発揮する。
     金沢の地で大本教の出口王二三郎の本を貪り読んだが、あれは私にとって鳥瞰の視点の一つを
     得た機会になった。 人生は、何がなくとも、その時々の本である。
 

・・・・・・・・
2654, 結論で読む人生論
2008年07月11日(金)

 「結論で読む人生論 ?トルストイから江原啓之まで」勢古 浩爾 (著)
                              ー読書日記
 古今の人生論を批評しながら著者の人生論を展開する本。
 著者の「わたしを認めよ」「まれに見るバカ」「この俗物が」を読んだが、非常に軽妙で、
 自虐的な文章が私の性に合って面白かった。この人生論も、勢古の人生論批判で、「結局何なんだよ?」
 という彼の主観が面白い。まずは、アマゾンの内容紹介文と、まえがき、の一部を紹介して、次からは、
 それぞれの章の面白そうなところを抜粋しながら、考えてみる。
 人生論は、哲学と同じく読まなくてはならない。それが自分の人生の司令塔になるからである。
  ー
 ーまずは、この本の概要からー
  ー内容紹介ー
 (字数の関係でカット09年07月11日)
 ーー
後記) 勢古の本を数年、読んでなかった。その間に多くの本を出していた。
何処にもいる普通の才能の人が、自虐的に書いているから、親しみを覚えるのである。
特に古今東西の人生論を、彼の目線で書いているから,同調するのである。
人生論は人生という旅の歩き方に似ている。地図としてみれば、位置や方角がわかるし、
訪れたい場所と他の場所との位置関係もわかる。人生論を考えない者は、地図無しで異国にいるようである。
自分が道に迷って、混乱している者にとって、どの角も道も同じように見える。
しかし実は違うことを人生論の中で示唆してくれる。 人生論を読み、哲学書を読んで考えない限り、

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07月11日(土)
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